第4章(コラム)ブレグジットへの通過点としての2015年

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリスの政府・与党
第2章:イギリス議会から見たイギリスの首相と国会議員
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリスの選挙
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
 (1)イギリスの総選挙における4つの投票パターン
 (2)不確定要素の焦点は二つのナショナリズムであった
 (コラム)ブレグジットへの通過点としての2015年
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
 その後、2016年の国民投票ブレグジットが可決されることになるが、一連のムーブメントの大きな原動力の一つとなった英国独立党(UKIP, UK Independence Party)は、どのような有権者に支えられ、どのような背景でその支持が高まり、そして、どのような影響を政策に与えてきたのだろうか。

 まず、イギリスの社会学者によると、英国独立党の支持者の多くはいわゆるイングランドナショナリスト(English Nationalist)であるということのようだ。誰がイングランドナショナリストであるかについては、1964年以来の英国の全ての総選挙の結果を分析する学術プロジェクトである英国選挙研究(British Election Study)の質問項目にある、次の3つの質問で特定することができる。
 ①自分自身のアイデンティティをどの程度イングランド人だと思うか
 ②移民に対してどの程度反対をしているか
 ③EUに対してどの程度反対をしているか

 一方で、英国選挙研究は「反エリート」「政治からの疎外感」等、アンチ・エスタブリッシュメント(anti-establishment)とも取れる個人の姿勢に関する質問もしているが、どれも実際の英国独立党への投票行動とは相関が低いことが示されている。

 また、イングランドナショナリストの属性としては、相関の高さの順に以下のような項目が、相関が高い属性であるようだ:①教育水準が低い ②中流階級の底辺および労働階級の上の方、③65歳以上、④白人男性。インタビューした学者は、教育水準が低い人ほど、特定の地域に住み続ける傾向が強く、したがって、移民が増えることで地域が浸食されることへの反発が強くなるのではないか、と解釈していた。ただし、これらで規定されるセグメントは実際のグループよりもかなり狭くなるようでもあり、単純な属性によるステレオタイプは危険である。

 そのような英国独立党の支持者であるが、その支持層は2010年総選挙から2015年総選挙や、2016年の国民投票に向けて、目に見えて増えていった。保守党の国会議員へのインタビューでも、2015年の選挙前や選挙期間中には、EUや移民問題を理由に挙げながら、今回は当の保守党候補者ではなく英国独立党の候補者に投票する、という支持者からの手紙が多数届いたと話している。

 英国独立党という政党の支持率が目に見えて高まったのは、2010年頃からの現象であるが、イングランドナショナリストが増えたのはブレア政権時代にさかのぼる、と言われている。ブレア政権時代に毎年の移民の数が急増した結果、2002年以降、人々の政策的な関心のトップ1位か2位に常に移民が出てくるようになった。さらには、2010年から2015年の間に、スコットランド住民投票が行われるなど、スコットランドナショナリズムの高まりにも触発されて、イングランドナショナリストが増えた、とも先の学者は指摘をしている。

 そうしたイングランドナショナリストは社会階級としても、多くがかつては労働党を支持していたが、労働党政権で移民が増えたことに不満を持ち、2001年から2010年にかけて徐々に保守党に投票を移していったと分析されている。しかしながら、彼らはそもそも保守党に対して帰属意識が強いわけではなく、保守党が政権について、連立政権でも移民政策が大きくは変わらないことに不満を持っていた。二大政党はいずれも、民族的なマイノリティへ支持を広げるための活動を強化しており、厳しい移民政策と政党活動としてのマイノリティへのアウトリーチは微妙なバランスを保ちながら行われていたのは事実であり、政党としてのスタンスを明確にしづらいこともあったようだ。英国独立党は元々はあまり真剣な政党と考えられていなかったが、これまでの間に、より真剣でかつ規律のある、組織として整った政党としての立場を確立してきたことから、イングランドナショナリストの投票の受け皿となったようだ。

 また、保守党系のシンクタンクの研究者は、英国独立党は、かつてはより伝統的な右派であり、「保守党よりも保守党らしい」という表現がふさわしい政党であったと話す。その当時は、EU離脱を中心としながらも、一律の所得税や財政削減などの政策を謳っていたが、2010年以降は、より一般市民の関心が高い「反移民」を中心に据えて、反移民に集う有権者にアピールする政策として、贅沢税や財政出動などを掲げるようになった。戦略的に「反移民」のシングルイシューにフォーカスをして、保守党だけではなく労働党支持者からも得票を伸ばすための方針転換だったのではないか、と分析する。

 当然のことながら、こうしたイングランドナショナリストの増加や英国独立党の支持率の上昇は、政府の移民政策やEU政策に影響を与えてきたことを、先の社会学者は指摘する。労働党政権時代から、移民が懸案政策事項のトップに現れるようになり、イングランドナショナリズムの高まりが認識されるにつれ、移民政策が厳しくなっていったのは事実のようだ。保守党も政権交代前からこうした現象を把握しており、厳しい移民政策を取ることがマニフェストにも数字と共に明記され、実際に労働党政権より厳しいスタンスをとった。

 こうした状況を背景としながら、当時のキャメロン首相はブレグジット国民投票を行うことを決めた。その理由を労働党の国会議員は次のように解説する。イギリスは代表制民主主義の国であり、国民投票住民投票の長い歴史はないが、スペインのカタルニアの例を恐れてキャメロンはスコットランド住民投票を認めた。1975年のヨーロッパに関する国民投票は、労働党の中の二つの対立する考え方を満足させるために用いられた。2016年のヨーロッパに関する国民投票は、保守党の中の二つの対立する考え方を満足させるために用いられるのだろう。