終章(1)日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリスの政府・与党
第2章:イギリス議会から見たイギリスの首相と国会議員
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリスの選挙
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治
 (1)日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
 目次に記載した通り、本連載に記載の事実や認識は、個別に示されたものを除き、2015年9月時点のものである。ここまでの記載内容については、少しずつ、日本とイギリスのそれぞれにおける変化についても振れてきてはいるが、基本的には、2015年9月時点のスナップショッでの、静的な比較を行ってきた。第5章では、構造的な理由により、「イギリスの首相は自らの設定したアジェンダに則って、大胆に政策変更をすることが比較的実行しやすい」ということを示し、ある意味で日本とイギリスの違いを強調した。

 しかしながら、現実の統治機構は当然のことながら、日本においても、イギリスにおいても、その制度も運用も、それをとりまく外部環境も、少しずつ変化してきている。そのように、日本とイギリスの統治機構を動的に捉えるならば、イギリス政治は徐々に日本化が進んできているとも捉えられ、また、日本政治は徐々にイギリス化が進んできているとも捉えられる。本節では、日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治とも捉えられる、表面的な現象について振れたい。

 まずイギリスにおける現象である。1つには、ブレア政権の終焉と共に、二大政党のマニフェストにおける対立軸が薄まってきていると言われている。無論、細かな違いは多々あるものの、イギリスのシンクタンク研究員によれば、労働党政権から保守党・自民党連立政権への政権交代が起きた2010年の総選挙において、保守党と労働党マニフェストに大きな違いがなかったと評価されている。「リーマンショック後の財政危機に対してどのように財政再建を行うか」ということが選挙の最大の争点であったが、保守党も労働党も緊縮財政を掲げており大きな違いがなく、敢えていうとすれば、保守党は1期5年で財政再建を行うために徹底的な緊縮財政を主張したことに対して、労働党は2期10年での軟着陸を目指す財政再建を打ち出していた。2つには、政策決定過程におけるバックベンチャーのインフォーマルな影響力が上昇していることが指摘されている。保守党の1922委員会には事前承認機能がないことはこれまで通りではあるが、インフォーマルな議論の中で、よりバックベンチャーの意見が政策に反映されやすくなっているということが、バックベンチャー自身から指摘されている。3つには、こうしたインフォーマルな影響力の上昇を反映して、メディアにおけるバックベンチャーのプレゼンスも上昇しているということだ。このようにイギリスにおいては、二大政党の政策上の違いが不明瞭になりつつあり、さらには、バックベンチャーのインフォーマルな影響力とフォーマルな存在感が増しているという点において、日本政治に近づいてきている。

 次に日本における現象である。1つには、2012年に発足した安倍政権が2018年9月現在で既に5年半を超える長期政権になってきている。これは、バブル崩壊以降、連続在任期間が最も長かった小泉元首相の5年6カ月を既に超えているし、小泉元首相以降の政権がいずれも1年程度の短命政権が6代続いたこととは対照的である。そして2つに、長期政権の要因の一つでもあるが、スキャンダル等で内閣支持率が下がっても政権が倒れないほど、政権が強い。財務省の公文書改ざんが発覚するほどの事態にまで発展した森友・加計問題でも、安倍政権は倒れなかった。さらには3つに、その長期政権の内容が安倍1強とも言われる、官邸主導の政権運営に変質している点も、55年体制時代の自民党政治とは大きく異なることが指摘されている。集団的自衛権の一部行使の容認や、安保関連法案の成立、「共謀罪」の構成要件を改める「改正組織犯罪処罰法」の成立など、世論を二分するような影響の大きな政策変更を次々と行った。このように、スキャンダルでも倒れない長期政権が続き、その政権の中で首相による政策変更が大胆に行われている点で、日本政治はイギリス政治に近づいてきている。