終章(3)統治機構の議論に「答え」はない

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリスの政府・与党
第2章:イギリス議会から見たイギリスの首相と国会議員
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリスの選挙
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治
 (1)日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治
 (2)イギリス政治と日本政治の変化の背景にはソフトな社会構造の変化がある
 (3)統治機構の議論に「答え」はない

本文
 近年の日本の衆議院選挙では、全体からみればわずかな有権者の投票行動の変化で、選挙結果全体が大きくスイングする様をとらえて、小選挙区制への疑問が呈されることが多い。また、イギリスでは長期的な二大政党の支持率低下傾向や、その死票の大きさを指摘して、小選挙区制への疑問が呈されている。他方、比例代表制であれば、政党が得票率に応じて議席を配分するため、死票の割合が限りなく小さくなるが、他の問題が指摘される。全国区の比例代表制では、地域を代表する議員がいない、議員と有権者の距離が遠くなる、少数与党が乱立して政権運営が難しくなる、などなどである。

 このように、選挙制度の在り方は、何が「あるべき姿」なのかということに対する、理論的な答えがない。直感的には、世界の統治機構の在り方が各国各様であるという事実からも、唯一絶対の答えがないことの傍証ともいえる。理論的には、社会選択理論にその答えがない。

 もっと広く言えば、選挙制度は民主主義の一部であるが、民主主義も統治機構の一つの形態に過ぎない。その民主主義についてウィンストン・チャーチルは「実際のところ、民主主義は最悪の政治形態と言うことができる。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば、だが」と言い、民主主義そのものも前提とするべきではないことを示唆する。

 第5章における日本とイギリスの比較は、「国家を統治する仕組みやその制度」を意味する統治機構のうち、国会と中央政府によりその焦点を当てて行ったものである。そして、その目的について「表面的にイギリスの制度を単純に輸入することではない。(中略)イギリス政治の研究はあくまでも、日本の政治を明らかにするための鏡である」と記した。そして、そこから浮かび上がってきたことは、「(イギリスとの比較で)日本の首相には大胆な政策変更が難しい」という統治機構の特徴の、構造的な要因であった。

 理由が明らかになるということは、それを変えるための方策についても知見が得られるということだが、一歩下がって考えた時に、われわれは今、「日本の首相が大胆な政策変更をしやすい」制度を目指すべきなのか。理論的な答えがない中で、われわれは、どちらの方向性をめざすべきなのだろうか。統治機構は短期的にあれこれ変えることができるわけではなく、制度変更にも長い時間がかかる上に、制度変更に対して運用や社会の行動が適応していくことにも長い時間がかかる。そのため、より長期的な傾向として、日本を取り巻く政策課題は、中長期的な安定を重視して現状維持を基本とするものなのか、環境変化に対して短期的に適応ができる現状変更を基本とするものなのか、そのような視点で考えることが必要なのではないか。