第1章(4)保守党国際部は党の外交機能を持つ

長期連載:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治*1

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリスの政府・与党
 (1)保守党は組織とは呼びづらいモザイク状のコミュニティ
 (2)党本部は党首を支援するキャンペーンのプロ組織
 (コラム)保守党本部の職場環境
 (3)保守党調査部はエリートを抱え政治的ストーリーをつくる
 (4)保守党国際部は党の外交機能を持つ
第2章:イギリス議会から見たイギリスの首相と国会議員
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリスの選挙
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
 前述のとおり、保守党国際部の仕事には、ウェストミンスター民主主義基金Westminster Foundation for Democracy)という政府基金の運用と、海外の姉妹政党や各国の在英大使館との関係構築・維持などの役割があり、一言で言えば政党外交の中心的な役割を果たすことにある。

 ウェストミンスター民主主義基金以外の業務では、英国保守党の議員が所属する欧州議会政党のAECR関連業務、中道右派政党の国際組織である国際民主同盟(International Democrat Union)関連業務、保守党議員が他国の議員などと交流する際のデューデリジェンス、党大会における外国の姉妹政党や在英大使館の外交官との調整業務、外国からの派遣団の関連業務、在英大使館の外交官との関係構築などがある。在英大使館の外交官との関係業務については、例えば韓国人コミュニティが大きな選挙区には、韓国系移民も多くおり、韓国大使館とその選挙区の議員をつなぐこともしている。

 私の保守党本部での最初の職場となった国際部では、多くがこのいずれかに該当するものであった。海のものとも山のものとも分からぬ新人には多くの雑用をさせていただき、そのおかげで、短期間で多くのことを知ることができた。印象的な出来事としては、国際民主同盟が三年に一度開催する総会の準備・運営をしたことで、後に「(コラム)首相官邸・ナンバー10に『お邪魔しました』」で紹介する通り、首相官邸で開かれたレセプションに参加することができた。

 国際部で仕事をしていた際には、幸運にも、国際部と外務・英連邦省の大臣たちとのミーティングや、公式なミーティングではなくとも、彼らが同席する場にいる機会が多々あった。彼らは外務・英連邦省の大臣たちであるので、当然のことながら、外務・英連邦省の官僚たちのサポートを受けて仕事をしており、彼らを通じて諸外国の事情や要人に関するブリーフィングを受ける。ただし、それらはあくまでも中立的な政府としての立場での内容であり、政治的な関係性や、もしくは政党同士の関係について、国際部からインプットをすることがあった。

 ここで外務・英連邦省の「大臣たち」と書いたが、日本の政務三役(大臣・副大臣政務官)と同じような仕組みで、イギリスには閣内大臣(Secretary of State)、閣外大臣(Minister of State)、政務次官(Parliamentary Under Secretary of State)という3つの大臣職(Ministerial Position)がある。閣内大臣というのは閣議に出席する大臣という意味での「閣内」と呼ばれている。日本の政務三役との違いはいくつかあるが、イギリスの大臣職は閣内大臣を除く大臣職は、ポジションの名前から明確にわかる場合とわからない場合はあるが、内部的にはその政策領域の分担が明示的に決まっていて、その規模に応じて人数が異なるのが特徴だ。例えば、現在の外務・英連邦省には閣外大臣が5人おり、それぞれ、ヨーロッパ・アメリカ担当、中東担当、アフリカ担当、アジア・パシフィック担当の4人の庶民院議員と、貴族院議員として外務・英連邦省の政策領域全体をカバーしながら、特定領域としてはイギリス連邦及び国際連合を担当する貴族院議員1人に分かれる。したがって、閣内大臣・閣外大臣・政務次官で合計6人の政治家が外務・英連邦省には在籍している。例えばスコットランド省のように比較的規模の小さい省の場合は閣内大臣政務次官が1人ずつとなり、1名は庶民院議員、もう1名は貴族院議員となるのが通例である。これは、貴族院における法案審議の際には貴族院議員の大臣職が政府を代表して質疑に立つ必要があるからである*2。イギリスにはこれ加えて、正式には政府職ではないが、大臣規範(Ministerial Code)に則って行動することが求められる政務秘書官(Parliamentary Private Secretary)というポジションが用意されていて、政府にポジションを持たない議員の動向や所管政策に対する意見などを吸い上げる働きをする。

 こうした大臣職と政務秘書官はイギリスでは雇われ票(payroll vote)と呼ばれている。大臣規範において、議会で政府に対する反対票を投じる場合には政府職を辞職しなければならない、と規定されていて、確固たる反対と辞職の意思がない限り管轄外の法案についても反対はできないからだ。また、政務次官政務秘書官は議員個人のキャリアとしても、その後の閣内・閣外大臣や総理大臣へのステップとして、位置付けられているため、その職を辞するということは自らのキャリアを賭するということにも直結する。したがって、こうした職に就いている議員は政府側が法案を可決するための庶民院の議員数(実質的には323議席)のうち、計算できる票と見なすことができる。この雇われ票の数は、保守党政権・労働党政権の別を問わず、歴史的に増え続けており、直近では140名程度にまで拡大している*3

 国際部の仕事を通じて、政党という組織のモザイク状のコミュニティの性質を持つということと、保守党本部がキャンペーンのための本部であるということを実感した。当時の保守党国際部の会長(Chairman)はジェフリー・クリフトン・ブラウン(Geoffrey Clifton-Brown)庶民院議員であり、政府の外務省の大臣とは異なる議員が務めている。国家としての外交と政党としての外交は、本質的に役割やスタンスが異なる、と言ってしまえばそれまでだが、単線的なレポーティングラインと明確な役割と責任で物事が動いているわけではないことが、ここでも表出している。また、外国の姉妹政党の多くの人々が英国の総選挙のボランティアとしても活動をしており、次期総選挙に向けたキャンペーンを担うという大きな枠組みの中で、国際部も活動をしているということに対して違和感はなかった。キャンペーン本部であるという名と実が合致しており、さらには、かつての保守党本部の名称であるConcervative Central Officeと比べて中央集権的なイメージが薄いことも実態に近く、当初は不思議に思っていたConservative Campaign Headquartersという党本部の名称が、だんだんと腑に落ちていった。

*1:本連載に記載の事実や認識は、個別に示されたものを除き、2015年9月時点のものである。

*2:田中嘉彦 (2011) 英国の貴族院改革 ―二院制の史的展開と上院改革の新動向―. 国立国会図書館「レファレンス」. 平成23年12月号

*3:濱野雄太 (2010) 英国の省における大臣・特別顧問. 国立国会図書館「レファレンス」. 平成22年2月号