第2章(11)党本部主導と支部主導の組み合わせで公認を選ぶ

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリスの政府・与党
第2章:イギリス議会から見たイギリスの首相と国会議員
 (コラム)「ブツブツうるさいバカ」という首相の失言で幕を開けた議員秘書生活
 (1)バックベンチャーという哀しい響き
 (2)有権者からの陳情対応では政府との中立性を保つ
 (3)庶民院議員は週に1日半を地元で過ごす
 (コラム)庶民院議員の家庭生活
 (4)与党のバックベンチャーは造反行動で存在感を示す
 (5)与党議員でもバックベンチャーの影響力は弱い
 (コラム)イギリス政党における派閥
 (6)首相を引きずり下ろすことは極めて難しい
 (7)首相は院内幹事を通じて与党議員をコントロールする
 (コラム)イギリス議会の採決
 (8)イギリスは5年間のまとまりで政策実現を目指す
 (コラム)連立政権における政策決定過程
 (9)キャリアの早い段階でフロントベンチャーが選別される
 (コラム)晴れ舞台としてのクエスチョンタイム
 (10)立候補のリスク・コストが小さく、リターンが大きい
 (11)党本部主導と支部主導の組み合わせで公認を選ぶ
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリスの選挙
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
 どのような人物が庶民院議員となっていくのかを考える上で、各政党がどのように庶民院議員の公認候補を選定するかは、興味深い問いである。無所属の議員でない限り、本人が立候補の意思を固め、政党の公認を得て、その上で初めて、選挙を通じて有権者から選出される。その意味では、誰が庶民院議員であるべきかという選択に関して、有権者の前に政党が事前選択をしている。議員秘書としての活動の中で接点のあった様々な保守党議員や、元保守党公認候補者、保守党本部の候補者選定部のディレクターなどからヒアリングした内容もとに、保守党における公認候補選定プロセスをご紹介したい。

 まずはプロセスの概要であるが、保守党の庶民院議員には大きく分けて二段階のプロセスがある。プロセスの前半では、党本部主導で候補者の能力(competency)を評価して公認候補者承認リスト(Approved List of Parliamentary Candidates)を作成する。いわば、「『候補者』の候補者リスト」である。保守党員であることは応募条件の一つではあるが、ここではあくまでも能力を評価しているため、候補者の政策や政治信条などの要素が評価に反映されることはない。そして、プロセスの後半では、各選挙区ごとに組織されている保守党支部(Conservative Association)主導で、公認候補者リストの中から、実際にその選挙区の公認候補となる人物を選定する。このプロセスでは、候補者の能力もさることながら、保守党支部内のボトムアップの意思決定の中で、保守党支部の方々の好みが反映される。このプロセスを通じて、保守党の中でも政治信条的により右寄りの議員が選ばれる選挙区と、より中道に近い議員が選ばれる選挙区に分かれていく。各選挙区がどういう選挙区なのかは、前任の議員の発言や議会での投票行動を観察していれば、ある程度の予想がつく。実際に、公認候補者リストに含まれた「候補者」の候補者は、そのようなリサーチも踏まえて自分がどの選挙区から立候補するかを検討する。ただ、それで全てが決まるわけではなく、前任議員が右寄りだった選挙区で、今度は中道寄りの候補者が選ばれることもある。

 前半の党本部主導のプロセスでは能力を評価するために様々なアプローチが採られている。ある人物が「保守党選出の庶民院議員に挑戦したい」という意思を持つところがこのプロセスの始まりだ。その人はまず、党本部の候補者選定部に、電話かメールなどで、立候補の意思があることを伝える。それを受け、その人物が住む地域の保守党支部の人と、インフォーマルな話を始める。議員になるということはどういうことか、どんな仕事をするのか、どんな選挙活動をするのか、など柔らかい内容を非公式に話している段階だ。それを経て、改めて立候補を決意した場合は、保守党本部に応募書類および三人の推薦状を提出する。保守党本部側では、推薦状を書いた三人から、推薦状に加えて電話での聞き取り調査をする。これらの内容を総合して、公認候補者リストへの登録の是非を決定する、候補者評価協議会(Parliamentary Assessment Board、略称PAB)に、参加させるかどうかを判断する。

 PABはイギリス国内のケンブリッジマンチェスターの二か所で、およそ二ヶ月に一度開催され、それぞれ、トレーニングを受けた五人の審査官(assessor)が審査を行う。五人の審査官のうち二人は庶民院もしくは貴族院の議員、残りの三人は議員ではない保守党スタッフなどで構成されている。PABは一回当たり三日間かけて、一日に16人の応募者を審査をしている。PABでは五つのエクササイズを通じて、候補者の能力を評価している。この手法は2001年から2002年にかけて、当時ゴールドスミス大学の教授で、現在はシティ大学ロンドンのジョー・シルベスター教授によって開発された。余談ながら、シルベスター教授は2009年にはイギリスの自由民主党の公認プロセスの再設計も行っている。5つのエクササイズとは、①コンピテンシー面接(competency-based interview)、②演説(public speaking)、③グループ・エクササイズ、④議員の受信箱エクササイズ(MP's inbox tray exercise)、⑤エッセイの五つである。③のグループ・エクササイズは、四人の候補者一組でのエクササイズで、これを通じて、他人とのコミュニケーションの取り方や、合意形成の方法などのスキルを評価する。また、④は自分が実際に庶民院議員になったと想定して、メールボックスにたまっている百通ほどのメールについて、どれから対応するか、その優先順位付けの能力を評価する。繰り返しになるが、ここでは候補者の能力を評価することが目的であり、面接やエッセイとはいえども、その政治信条など問題とはならない。あくまでも、議論を構築する能力、それを口頭や文書で伝える能力が評価される。また、審査官はブラインド方式で評価を行っている。すなわち、候補者の応募資料に書いてある学歴や職歴などの情報は審査官は与えられず、それぞれのエクササイズの評価を行われている。評価の客観性を担保することが目的である。

 PABのエクササイズが全て終わると、候補者は帰宅し、五人の審査官はそれぞれの評価を話し合い、候補者が公認候補者リストに登録されるかどうかが決定される。決定には四種類ある。①合格、②一年後の再応募奨励、③次期総選挙後の再応募奨励、④不合格の四つである。これらの決定を経て、応募者本人に対して、オープンに評価結果がフィードバックされる。

 前半のプロセスを経て、晴れて公認候補者リストに登録された候補者は、今度は選挙区の保守党支部から公認をもらわなければならない。通常、総選挙が予想されるおよそ半年前に公認候補の決定が各支部で行われる。そのタイミングがくると、登録候補者たちは党本部の候補者選定部を通じて、どの選挙区の公認を得たいかを応募する。この応募を受けて、各支部での候補者選定活動が行われる。各支部での候補者選定プロセスは、支部によって異なる所はあるが、一般的なケースは以下の通りである。

 各支部での選定活動は通常3ラウンド制になっている。最初は選定委員会(Selection Committee)において、候補者の書類審査を行う。この段階で、候補者が30人から10人くらいまで絞り込まれる。選定委員会の議長はその支部の会長が務め、残りの委員はその地域の地方議員など様々だ。次の第2ラウンドでは、残る10人の候補者を集めて、プレゼンテーションと質疑応答が行われる。そこで、候補者がさらに4人程度にまで絞られる。第3ラウンドでは、その支部の一般党員全体まで投票権が広げられ、残る4人のプレゼンテーションと質疑応答に基づいて投票が行われ、公認候補が確定する。 この第3ラウンドは、支部によって方法が異なり、場合によっては一般党員ではなく支部の幹部のみで投票が行われる場合もある。また、2010年の総選挙に向けては、保守党と労働党のいずれも盤石な支持基盤がない2つの選挙区において、一般党員だけではなく選挙区の有権者全員が投票することができる、予備選挙の形で保守党の候補者が決定された。その二名の候補者はいずれも2010年の総選挙で当選し、2015年の総選挙に向けて、さらにこの予備選挙方式を採用する選挙区が増えた。

 ここまでで、公認候補選定の後半のプロセスが、保守党本部ではなく完全に保守党支部主導によるものだと分かる。一方で、2005年にキャメロンが党首になってから、性別や人種の観点からより多様性に富んだ保守党議員を生むという目的のもとで導入されたのが、通称Aリストと呼ばれるものだ。このリストに登録されている候補者を、保守党の安全な選挙区(safe seat)または勝算のある選挙区(winnable seat)に擁立することがその手段である。Aリストは100人から150人ほどの候補者のリストとなり、その半数程度が女性であることから、彼らは日本の「小沢ガールズ」ならぬ「キャメロンのかわい子ちゃんたち(Cameron's cuties)」などと揶揄された。その上、初めて導入された2010年の総選挙で、Aリスト候補者の選挙結果が芳しくなかった。ルイズ・メンジチ元議員に至っては、ニューヨークで家族と過ごす時間を確保することを理由に、任期半ばで議員辞職して、その補欠選挙では労働党議席を獲得した。こうしたことが直接的な理由かどうかは不明だが、2015年の総選挙では、公式にはAリストは存在しなくなった。非公式なリストとして存在したというのがもっぱらの噂だ。ただし、あくまで公認候補の最終決定権は政党支部にある。党本部としてはこのリストを片手に、相談ベースで政党支部との調整を重ねるか、もしくは予備選挙形式で候補者が決定される選挙区の予備選挙に、Aリストの候補者が含められたとみられる。

 イギリスでは政党の執行部が自由に候補者の選挙区を決めることができる、という誤解が日本にはある。それは政党支部による決定プロセスがある以上は、あくまでも誤解ではあろう。ただ、Aリストのようなプロジェクトを通じて、党執行部が候補者選定プロセスで影響力を行使しようとしていることもまた、事実なのだろう。

 筆者はボリス・ジョンソン氏の2期目のロンドン市長に向けた選挙対策本部で働いていた時に、当時ロンドン議会の議員であったジェームス・クレバリー議員(James Cleverly MP*1)と、選挙活動を通じて知り合った。クレバリー議員はその後、2015年に庶民院議員として初当選しており、彼のケースについても、話を聞いた。ロンドン議会で実現したいと思っていた政策を見届けるために時間を使っていたら、公認候補選出の獲得に出遅れてしまっており、タイミングを逃したと思っていた。しかしながら、ブレインツリー選挙区(Braintree district)の現職保守党議員であったブルックス・ニューマーク議員(Brooks Newmark MP)が性的画像のスキャンダルで引退を表明したことに伴い、選挙まで5カ月足らず2014年12月のタイミングで急きょ、候補者の募集が行われた。1月に入り11人の候補者がインタビューされ、そこで残った4人の間で再度インタビューとスピーチをした上で、最終的には保守党支部全員の投票により公認が決まった。このプロセスは通常のプロセスよりも速く行われたが、プロセスそのものは通常と同じプロセスで行われたということだ。ブレインツリーの選挙区での公認投票で次点であったスーラ・フェルナンデス氏(Suella Fernandes MP)はその後、フェアラム選挙区(Fareham district)の選挙区で公認を得て当選した。

*1:ジョンソン政権誕生と共に保守党幹事長(Chairman of Conservative Party)及び無任所大臣(Minister without portfolio)に就任し、その後、閣外大臣などを務める。