第1章(2)党本部は党首を支援するキャンペーンのプロ組織

長期連載:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治*1

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリスの政府・与党
 (1)保守党は組織とは呼びづらいモザイク状のコミュニティ
 (2)党本部は党首を支援するキャンペーンのプロ組織
第2章:イギリス議会から見たイギリスの首相と国会議員
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリスの選挙
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
 保守党本部が英語でどのように表記されているかご存じだろうか。直訳すればConservative Party Headquartersだが、実はそうではない。実は保守党本部の正式名称はConservative Party Campaign Headquarters、略称CCHQという*2。私はこの名称の意味が最初はよく分からなかった。より正確には、なぜ、わざわざ「キャンペーン」という言葉を入れる必要があるのか、わからなかった。CCHQを逆に日本語に直訳すると、保守党キャンペーン本部となり、選挙対策本部と言っているようにも聞こえる。

 しかし、保守党本部で仕事をして、党本部という組織が分かるに連れて、その意味が徐々に分かってきた。これはあくまでも私の解釈ではあるが、CCHQというのは文字通り、保守党にとっての「キャンペーン」という活動における本部の役割を果たす組織ということである。「キャンペーン」というのは個別の選挙の選挙活動や、国民投票における賛否の推進に向けた活動を含むがそれだけではなく、保守党としての党是に則った政策実現のための政治的活動全般を含むものと考えている。したがってそこには、保守党としての政権マニフェストを策定する機能から、保守党が政権与党となった後も、政治的に中立ではない立場から保守党の政策を推進するための活動としての政策調査も含まれれば、次期総選挙に向けた候補者の選定から実際の選挙活動指南まで、多岐にわたる活動が含まれうる。すなわち、保守党の活動とは、保守党の党是を実現するためのキャンペーン活動であり、そのため、その中枢にあるプロフェッショナル組織をキャンペーン本部と位置付けているのではないだろうか。

 一言で言うと、保守党本部(CCHQ)というのは保守党党首を支えるキャンペーンのためのプロフェッショナル組織であると言える。そしてそのキャンペーン組織は、党首・政権のサポートという短期的な目的と、次の総選挙での勝利という5年単位の中期的な目的と、未来の保守党を支える青年部の党員を含めた党勢拡大のための長期的な目的がある。したがって、その短期、中期、長期の目的の三方両立という点で、他の通常の組織にはないバランスが求められており、それがこの組織がどう運営されているかという点にも影響を与えている。

 そのような保守党本部の中には大きく分けて10のグループがある。まず、定常的なキャンペーン活動で広い意味での党のイメージアップや政策推進支援を担う、調査部(Research Department)と広報部(Press Office)の2つである。次に、選挙や国民投票そのものに対する活動を担うキャンペーン部(Campaign Department)と、広い意味での保守党のサポーター開拓を行うとともに、実際の選挙の際にはキャンペーンのために動員をかける組織統括部(Party Organization)。さらには、有権者に対する直接的なコミュニケーションを行う党メディア(Voter Communication)や企業との関係構築や資金集めを行う法人部(Business Engagement & Treasurers)にマイノリティグループや国際組織など特定のコミュニティに働きかけるアウトリーチ部(Community Reachout Department)。デザインやデジタル、スピーチライターを揃えるクリエイティブ(Creative & Digital)にITインフラを担うIT部(Party Information)。そして、どのような組織にもあるバックオフィスとしてキャンペーン活動を後方からサポートするオペレーション(Party Finance & Operation)が存在する。また、トップをサポートする委員会の事務局的な位置づけとして候補者選定事務局(Candidates)や区割り事務局(Boundaries)が存在する。

(Conservative Home)

 調査部は私が仕事をした部署であり、党本部の鍵となる部署でもあり、後ほど詳しく述べる。保守党が政権にある間は、保守党が総選挙で掲げたマニフェストの政策を実現するためのキャンペーン活動をする中で、その時々の政治的な批判・中傷に対する党としての公式見解を絶えず提供するとともに、実現の推進力とするストーリー作成を担うのが仕事である。広報部にはメディアのモニタリングと発信という主に二つの役割がある。モニタリングについては、フェイスブックツイッターなどのソーシャルメディアも含めて、各種メディアにおける政治状況の報道のされ方を把握して、保守党の国政・地方議員へアップデートする。これはシフト制で24時間メディアの報道内容をモニタリングする体制が整っている。発信については、前述の調査部などでまとめられたストーリーを、保守党の保有するメディアとしてそのウェブサイトやSNSを通じて発信するとともに、マスメディアに対してメッセージとデータ、情報ソースを提供して、調査部が作成したストーリーをマスメディアが取り上げて報道してくれるための素地を作ることが仕事なる。

 キャンペーン部は基本的には「その次の」選挙のための準備をするための部署となる。イギリスでは、特段の事情がない限りは毎年5月の第一木曜日に大きな選挙をすることが慣習となっている。日本では地方議会の選挙が、だんだんと「統一」地方選挙ではなくなってきている現状があるが、イギリスではこの慣習があるために年はずれが生じつつも5月の第一木曜日にまとめて地方議会の選挙が行われる。2010年と2015年の総選挙も、庶民院議員選挙に関する2011年の国民投票も、私がボリス・ジョンソン氏の選挙対策本部を担ったロンドン市長選挙も、こうした地方選挙と同日に行われた。また、2014年は欧州議会の選挙が5月末から6月初旬で設定されていたことに伴い、地方議会選挙は欧州議会選挙に合わせる形で五月の第四木曜日に行われた。したがって結果的には、イギリスでは毎年5月にそれなりに大きな選挙があり、逆に言えばそれ以外には、突発的に生じる補欠選挙などを除いてあまり大きな選挙がない。したがってキャンペーン部では基本的には1年間かけて、それぞれの選挙区での電話での情勢調査・投票勧奨(phone canvassing)や個別訪問、選挙期間中の活動計画の策定や動員のための準備を進める。

 選挙活動でもう1つ重要なのが当然のことながら候補者の選定である。候補者選定オフィスは主に保守党の庶民院議員候補の選定に携わる。こちらも後に詳述するが、保守党では、庶民院議員候補の選定が、党本部主導の前半のプロセスと、党支部主導の後半のプロセスの二段構成となっている。この候補者選定オフィスは前半のプロセスにおいて、そのプロセスの策定から運営まで、中心的な役割を果たすとともに、後半のプロセスでも各支部の後方サポートを行う。

 広い意味でのサポーター開拓を行う部署には組織統括部、アウトリーチ部、法人部の3つがある。全国の保守党は庶民院議員選挙の区割りに沿って、大きなリージョンとその中のエリアに分けられており、組織統括部ではこれらのリージョンとエリア組織の全体の統括を担う。全国の大学には青年部が、そして、全国的な女性部も組織されており、これらの統括を担うのがアウトリーチ部となる。また、献金なども含めて保守党を組織として側面支援する法人との関係を構築・管理するのが法人部の仕事となっている。

 最後に、私が保守党本部で最初に仕事をした、アウトリーチ部の中の国際室には大きく二つの役割がある。一つはウェストミンスター民主主義基金Westminster Foundation for Democracy、通称WFD)と呼ばれる政府基金の運用である。ウェストミンスター民主主義基金はイギリス政府の公金によって拠出された資金を、イギリスの三大主要政党である保守党、労働党そして自由民主党の3つの主要政党および少数政党に分配し、発展途上国における民主主義の発展のために、こうした国々における政党などを支援するためのプログラムとして援助する。国際室の仕事の半分はこの運営に当たることである。二つ目はたとえばアメリカの共和党やドイツのドイツキリスト民主同盟(CDU)、オーストラリアの自由党Liberal Party)などの他国の中道右派の姉妹政党(sister party)や各国の在英大使館との関係構築・維持などを目的とする政党外交の中心的な役割を果たすことである。

 これらの組織で、保守党が政権与党である2011年には、総勢役100名程度のスタッフが働いていたのだが、この人数は保守党が政権与党であるか野党であるかによって変わる。イギリスの政党には、過去の庶民院の選挙結果などに応じて、選挙のマニフェスト作成のために支払われる、政策立案補助金(Policy Development Grant)に加えて、野党にのみ交付されるショート・マネーやクランボーン・マネー*3というものがある。これらは、政府という巨大な政策立案組織との協働関係にある与党に対して、野党の政策立案能力を支援するという目的の下で、1974年から1976年のウィルソン労働党政権の下で導入されたものだ。その内訳は野党議員の一般的な議会活動のサポートのための補助金、野党議員の旅費などへの補助金野党第一党の党首の直轄組織(Leader of Opposition's Office)の活動を支えるための補助金に分けられる。これらの野党としての資金源のため、イギリスの主要政党は野党時代の方がよりその機能や役割が大きく人数も多い一方で、与党時代は特に政策立案などの周辺で機能や役割が小さくなり人数も少なくなる。特に保守党で言えば調査部のような部署は、与党時代には上述のような機能を持つだけだが、野党時代にはシンクタンクとも共同しながら、党首の政策立案そのものをサポートする機能を有することとなり、人数が大きく増える。

*1:本連載に記載の事実や認識は、個別に示されたものを除き、2015年9月時点のものである。

*2:以前はConservative Central Office、略称CCOと呼ばれていた

*3:出典