第3章(2)選挙対策本部の中枢はプロのキャンペーン会社が担う

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリスの政府・与党
第2章:イギリス議会から見たイギリスの首相と国会議員
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリスの選挙
 (1)ロンドン市長選挙は因縁の歴史を持つ個人票が鍵を握る選挙である
 (2)選挙対策本部の中枢はプロが担う
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
 選挙活動のその中心にいたのが、クロスビーであり、彼の会社であるCTFパートナーズの社員などである。その他にも非常に多くの人々が選挙対策本部の仕事に関わっていたが、その供給元は大きく分けて6つあった。1つ目はボリス・ジョンソン自身と現職市長としての彼のアドバイザーである。彼らは当然ながら現職としての業務があるため、長時間を選挙活動に割くわけではないが、選挙の当事者として、マニフェストの作成を含めて重要なインプットを与える立場となる。2つ目はCTFパートナーズであり、クロスビーを含めて数人のスタッフがこの会社から派遣され、主に戦略策定やリサーチなどの重要な業務を担当していた。3つ目は保守党本部であり、調査部から数名、広報部から数名、キャンペーン部から数名が参加して、それぞれ、リサーチ業務、メディア対応、現場の活動計画などを担当していた。4つ目は保守党支部、保守党青年部・女性部のボランティアであり、主にビラ配りや戸別訪問、電話での情勢調査・投票勧奨などの現場での実務を担当していた。5つ目は保守党系のシンクタンクやNGO、個人コンサルタントなどからスタッフが派遣され、選対本部の様々な機能を担っていた。最後に6つ目は、保守党の国会議員であり、彼らは遊説活動のサポートや、ジョンソンの前回選挙のマニフェストに対する実績採点表などの公式資料の策定を行っていた。それらの様々なバックグランドの人間が集まる選対本部において、その活動全体の戦略・実行の指揮を執っていたのがクロスビーである。(図1・2参照)

f:id:hiro5657:20210404182535j:plain
図1 選挙対策本部の人材の供給元
f:id:hiro5657:20210404182704j:plain
図2 CTFパートナーズ

 選対本部の機能は大きく分けて、全体の計画策定、各種フィールドワークおよびバックオフィスの3つに分かれる。全体の計画策定には、戦略調査チーム、政治・政策調査チーム、広報チーム、フィールド計画チームの4つに分かれる。戦略調査チームは主に、有権者全体の動向や考え方などの調査に基づいて、選挙活動全体の戦略を策定する。政治・政策調査チームは、保守党調査部の仕事に近く、候補者のマニフェスト作成や対立候補者の調査など、広い意味での広報活動で用いるネタを仕込むことがその役割である。調査部の仕事の延長線上で私はこのチームの一員として働いた。広報チームはそのような広い意味でのネタをマスメディアやオンラインメディアを通じて発信して拡散していくことがその役割となる。フィールド計画チームは各種フィールドワークの全体の統括を行うことがその役割である。各種フィールドワークには、郵便投票、電話による情勢調査・投票勧奨、選挙カー、ビラ配り、手紙対応が含まれる。これらのそれぞれに担当のチームがついて、ロンドン全域での活動をコントロールしていた。バックオフィスには、選挙活動全体の原資を確保するためのファンドレイジング、選挙活動で多用する印刷物や電子ファイルの視覚資料作成チーム、選対本部のオフィスサポート、秘書業務などがあった。(図3参照)

f:id:hiro5657:20210404182812j:plain
図3 選挙対策本部の主な機能

 こうしたバックグラウンドと役割を持った人々が、私が働き始めたころから本格的に人数が増え初め、序章でも触れたロンドン中心部のオフィスにある選挙対策本部に集まり仕事をしていた。オフィスの一角にはクロスビーとクロスビーの会社のパートナーであるフルブルックが作業をしているガラス張りの個室がある。そこで、各機能のディレクターなどと議論をしながら全体の方針を定めていた。毎日夕方のどこかで10分ほど選対本部全体で共有するべき情報の交換がされた。その中心にもクロスビーがおり、クロスビーから選挙対策本部全体のスタッフに向けて話をした後に、質疑応答、その他のメンバーから全体で共有するべき情報などが補足的に上げられた。彼とその会社がこの選挙活動でどれほどの対価を受け取っていたのかはわからないが、全てが彼のコントロール下にあることは間違いがなかった。