第1章(8)政党支部の活動はかなり地味である

長期連載:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治*1

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリスの政府・与党
 (1)保守党は組織とは呼びづらいモザイク状のコミュニティ
 (2)党本部は党首を支援するキャンペーンのプロ組織
 (コラム)保守党本部の職場環境
 (3)保守党調査部はエリートを抱え政治的ストーリーをつくる
 (4)保守党国際部は党の外交機能を持つ
 (5)税金を投じて途上国の政治に投資する
 (6)政党間国際連盟を通じて政党外交を行う
 (コラム)首相官邸・ナンバー10に「お邪魔しました」
 (7)毎年秋に開かれる党大会は党の趨勢を決める…こともある
 (8)政党支部の活動はかなり地味である
第2章:イギリス議会から見たイギリスの首相と国会議員
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリスの選挙
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
 保守党本部で仕事をしていたころ、とある金曜日に、仕事を休んで保守党の地方支部(Conservative Association)を見学してきたことがある。私が会員となっていたRSA(Royal Society of Arts, Manucature and Commerce)というイギリス発祥で現在は国際的な会員組織の講演会・パーティで、とある保守党地方支部の方と知り合いになった。その方に招待していただいて、地方支部の資金集めパーティに参加してきた。

 保守党の地方支部小選挙区制が採用されている庶民院議員選挙の650の選挙区がその構成単位となっている。私が見学してきた地方支部はRuislip, Northwood and Pinner Conservative Associationという名前の支部である。この、様々な地名をつなぎ合わせた地名からも推測できる通り、この選挙区そのものは非常に人工的な区切りであり、実際、複数の基礎自治体をまたがって構成されている選挙区である。

 その理由は庶民院議員選挙の選挙区の見直しである。イギリスでは庶民院議員選挙における一票の格差が大きくなりすぎないよう、十年に一度程度、定期的に国会議員の選挙区の見直し (redistrict) が行われている。その結果、一部の例外はあるものの、650ある選挙区の有権者の数は概ね6万人前後から8万人前後に収まっている。例外としては、ワイト島の選挙区で有権者が10万人を超えているところがあったり、スコットランドの一部の選挙区で2万人程度の選挙区があるのだが、こうした選挙区は極めて例外的である。庶民院議員の選挙区と地方の行政区分の最大公約数的に最小単位として用いられているのが、イギリス国内全体で約一万ほどある地方議員選挙区(地域によってelectoral wardもしくはelectoral divisionなどと呼ばれる)である。この地方議員選挙区には平均で約5,500人程度の有権者がいるが、この数には自然な変化やそれに伴うばらつきが生じるため、これらの地方議員選挙区の組み合わせを調整することで、庶民院議員選挙区の見直しが行われる。また、庶民院議員選挙の区割りの見直し(boundary changes)にあたっては、表面的には公平な制度とはなっているが、現実としては与党に有利な見直しが行われると言われている。選挙区の見直し制度の上に、長期的な人の流れと政治的な意図が絡まりあうために、庶民院議員の選挙区と地方の行政区分には長期的にズレが生じてくるのは当然のことである。

 私の訪問した地方支部(Ruislip, Northwood and Pinner Conservative Association)の庶民院議員選挙区は合計で九つの地方議員選挙区で構成されている。それらが行政区分としては、一部がロンドンのハロウ区(London Borough of Harrow)に、残りがヒリンドン区(London Borough of Hillingdon)に含まれている。また、ハロウ区全体としては合計で21の地方議員選挙区があり、ハロウ区の中には、庶民院議員選挙の異なる選挙区が複数ある。私が参加した資金集めパーティは、その九つの地方議員選挙区の一つであるハッチエンド(Hatch End)の選挙区のためのもので、ハッチエンド保守党募金ランチ(Hatch End Conservative Fundraising Lunch)と銘を打ったパーティであった。

 ランチはハッチエンドにあるごく普通のイタリア料理店で行われた。合計でおよそ70席くらいの店内の半分ほどを使って開催され、残りの半分は普段通り、一般のお客がランチをしていた。ゲストスピーカーであるチャールズ・タノック(Dr. Charles Tannock)欧州議員、地方支部全体の会長であるレイ・グラハム(Ray Graham)氏、ハッチ・エンド選出の地方議員でありハッチエンドの会長やハッチエンドの副会長に加えて、保守党の支持者の30名ほどの人々が参加していた。会費については、飲み物と二品コースのランチで三千円前後(16.5ポンド)という値段設定だが、この金額はレストランに直接支払うため、保守党支部の募金とはならない。その一方で、くじ引き大会のようなことをして、そのくじをそれぞれの裁量で購入する。私も経験のため一つ5ポンドで購入した。私のくじは当たらなかったが、当たった方々の景品を見てみると、特に派手なものではなく、この差額が資金集めとなる仕組みだ。

 私は上記の欧州議員や地方支部会長、ハッチエンドの会長・副会長と同じテーブルにつかせていただいた。ランチの間はゲストスピーカーのチャールズ・タノック欧州議員を中心に会話をして、やがてコースランチが終わったところで、ゲストスピーカーのスピーチの時間となった。十二時半に始まったこのランチもこの頃には既に2時くらいにはなっていたが、この時間帯でも、店内にはまだ他のお客さんもいた。タノック欧州議員は細長いレストランの真ん中くらいに立ち、そこより奥のイベント参加者に向けて話しをされていたが、その手前のお客も一部は彼のスピーチを聞いているようだった。当時のユーロ危機やイギリスのEUメンバーシップなどについて20分ほどスピーチをして、続いて、20分ほどの質疑応答があり、イベントは終了となった。イベント終了後はロンドン中心地に戻る電車を待つプラットフォームで、帽子をかぶりコートを着た紳士から突然、声をかけられて驚いた。よく見てみると、先ほどのゲストスピーカーのタノック欧州議員であった。彼は私が運営をサポートしたIDUリーダー会議のディナーにも、別のテーブルではあったが参加しており、また、欧州議会の中で台湾に関する議員連盟の会長もして、何より、国際部での私の上司と親しいということで話が盛り上がった。

 また、2012年の8月には、日本酒ソムリエとしてロンドンで活躍されている方に協力していただいて、違う保守党支部の資金集めパーティとして、ロンドンにある日本食レストランで日本食と日本酒を楽しむディナーの開催を支援した。多くの日本人が、かつて、ウイスキーに対して苦手意識を持っていたのと同様に、イギリスの年配の方々の間ではまだまだ日本酒文化は広まってはいない。そういう方々の日本酒に対するイメージは、甘ったるくて、においがきつく、飲みづらいというものが一般的だった。初めは懐疑的な表情であったが、日本酒ソムリエのプロの説明と料理とのマッチングが考えられた日本酒の選択に沿って飲み始めると、表情が変わってくるのがすぐにわかった。会の終わりにはロンドンではどこで日本酒を買うことができるのかと尋ねる参加者も出てきた。

 少々脱線したが、保守党支部の活動に話を戻し、別の保守党支部を例にとり、支部の構成についても簡単に触れておきたい。Cities of London and Westminster選挙区は10の地方議員選挙区からなる。この選挙区の保守党支部には、約700人程度の党員が在籍しており、支部全体の会長(Chairman)に加えて、それぞれの地方議員選挙区には会長(Chairman)がいる。支部の職員としては、この支部にはエージェントが一人と1-2人のセクレタリーが雇用されており、会長も含めてそれ以外の職は全てボランティアで構成されているセクレタリーに関しては、支部の財政状況に応じて、フルタイムであったりパートタイムであったり、また、場合によってはボランティアであることもある。

 保守党支部の主な収入源は、①保守党員の年間25ポンドの党員会費の一部、②党員からの寄付金、③過去の寄付金資産からの投資収益や取り崩し、④ファンドレイジングイベントからの収入で構成されている。他方で、保守党支部の主な支出先は、雇用されているスタッフの給料、事務所の家賃、キャンペーンのための印刷物を含めた消耗品費用などで構成されている。一般的な保守党支部の活動としては、選挙のためのキャンペーン活動、党員のコミュニティビルディングイベント、庶民院議員や欧州議会議員などが参加するファンドレイジングイベント(年間4回程度:バザーのようなもやスピーカーイベント、クリスマスパーティ、バーベキュー、ワインテイスティングなど)、幹部の月例会議等がある。

 私の体験談を交えて保守党の地方支部の活動内容をご紹介したが、正直なところ、かなり「地味」な活動という印象ではないだろうか。実際、とても地味な活動である。イギリスは主要政党の党員の人数そのものも歴史的に大きく減少してきており、また、選挙のために必要な資金の金額が小さいこともあり、それぞれの資金集めパーティの規模も小さい。確かに資金集めという側面もあるが、各政党支部のスタッフや党員との間のコミュニティを維持するための活動という側面も大いにあるものと感じた。

*1:本連載に記載の事実や認識は、個別に示されたものを除き、2015年9月時点のものである。