第1章(コラム)保守党本部の職場環境

長期連載:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治*1

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリスの政府・与党
 (1)保守党は組織とは呼びづらいモザイク状のコミュニティ
 (2)党本部は党首を支援するキャンペーンのプロ組織
 (コラム)保守党本部の職場環境
第2章:イギリス議会から見たイギリスの首相と国会議員
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリスの選挙
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
 さて、保守党本部の組織や仕事もそうだが、単純に、どのような職場環境なのか興味を持たれる方々もいるかもしれない。歴史の長い組織だけに、様々な伝統的しきたりや、歴史的建造物など想像される方もいるかもしれない。実際には、非常にモダンな建物であり、仕事の仕方をしており、初めてきた方にそこが普通の会社のオフィスだと言ったとしても、すぐには違和感を感じないかもしれない。ただもちろん、もう少し長くいると、違いには気づくだろう。そこはやはり、モダンではあるが、「キャンペーン」のための組織であり、そのための職場なのである。以下のオフィスの様子は2011年当時のものである。

●オフィスの内装
 オフィスの内装は一般的なモダンなオフィススペースで、広報部にマスメディアのウォッチのための多くのスクリーンがあり、かつ、どの部署でもテレビニュースがつけっぱなしにされていることを除いて、大きな違いはあまりない。基本的には個室や壁は少なく、ワンフロアのオープンスペースに、部署ごとに場所が決められて仕事をしている。部署の配置は、保守党本部の組織の説明を前述した際の括り方に近く、定常的なキャンペーンで緊密な協働が求められる調査部と広報部は当然ながら、隣り合って仕事をしている。対象が国外という意味で趣は異なるが、同じく定常的なキャンペーン活動を行っている国際部も、その隣に執務スペースがある。一方で、候補者選定や支部統括、法人管理など、平時は人材・コミュニティの管理をして、有事にキャンペーンを行う部署もまた、近いスペースで仕事をしている。また、既に保守党本部は引っ越しをしてしまっているが、2012私が働いていたころの党本部は非常に変わった形をしたビルに入居していた。Google Mapの上空写真を見ていただくと、右側に写っている川がテムズ川で、中心に写っているテトラポットのような形をしたビルの中に保守党本部が入っていた。この不思議な形のおかげで、建物を奥に向かってずっと進むと、いつの間にか反対側の扉から受付に戻ってきている、という不思議なことが生じる。

Ruth Vigor-Hedderly氏のツイッターアカウント

(グーグルマップ)

●オフィスの音
 既に述べたようにオフィスの中にはたくさんのテレビが置いてあり、ほぼ常にテレビのスイッチが入っていて、特に広報部は多くのチャンネルのテレビがつけっぱなしになっている。さまざまなニュースに調査部と広報部が連携して、なるべく素早く、良い情報の展開や悪い情報の火消しをするためだ。BBCニュースが定刻ごとに差し入れる動画の音楽などは、保守党本部全体のテーマ曲ではないかと錯覚するくらい、繰り返し繰り返し耳にした。そして、議会開会中は毎週水曜日の12時から開催される、議会のクエスチョン・タイム(Prime Minister's Question Time)では、ほぼ全ての職員が一緒にその様子を見守り、議場さながらに党首であるキャメロン首相の答弁を見守り、オフィス全体でそれを盛り上げた。それはどちらかというと、テンポの速い格闘技を見ているかのような感覚に近かった。

●勤務時間
 保守党全体の勤務時間は恐らく9時半から17時半である。ただ、職員によっては外部でミーティングをしてからオフィスにくる人も多く、勤務スタートのタイミングで全員が必ずしもオフィスにいるわけではない。調査部の勤務時間は他の部署よりもやや長く、9時から18時が定時ということになっている。実際の帰宅時間はさらにもう少し遅く、19時か19時半くらいが平均的だ。日本人にとっては、あまり違和感のない数字かもしれないが、イギリス人にしてみるとかなり長時間勤務の部類に入る。保守党本部とは異なるが、ロンドン市長選挙の選挙対策本部でのベースの勤務時間は7時から19時であった。選挙期間中はメディアを通じた、対立候補とのリアルタイムでの情報戦が続くため、その日の情報戦で対立候補の後手に回らず、常に先手に回れるよう、朝は相手陣営よりも早く活動を開始することを心掛けて7時の勤務開始ということだった。日本で選挙というと、連日、朝は7時前から活動を始めて、夜は候補者が活動をできる時間を過ぎた後も、翌日の準備などで終電近くまで作業をすることが一般的だろう。日本の感覚からするとここでもはやり、イギリスは労働時間が短いと感じる。ただ、お互いにこれ以上は働かず、メディアを通じた情報戦も深夜・朝方は休戦状態になるのであれば、これで何の問題もない。要はお互いの「これ以上はがんばれない」という常識が一致していれば、それが基準となる。日本人は少し、「がんばる」ことができすぎてしまうのかもしれない。

●ランチタイムとコーヒータイム
 私が働いた調査部では、議会答弁の対応やプレスリリースなど、柔軟な対応が求められる仕事が多いため、ランチはそれぞれバラバラに手早く済ませる人が多い。それ以外の部署でも、リアルタイムでメディア対応をしなければならない広報部はもとより、国際部も含めた他の部署でも、多くの多忙を極める議員とのやり取りが必要となるため、同様にランチにはあまり時間をかけず、12時半から13時のあいだに済ませる人が多い。サンドイッチを買う人もいれば、オフィスにデリバリににくるランチを注文する人もいれば、お弁当を持ってくる人もいる。食事の場所もデスクで、それこそ仕事をしながら済ませる人もいれば、ミーティングをしながら食べる人、キッチンスペースの横にあるちょっとした食事スペースで食べる人もいる。同僚で連れ立って一緒にランチをするということは、部署の交流のために定期的にはあるが、いつも一緒に食べるということはなかった。また、特に決まった休憩時間はないが、だいたい一日のうち2〜3回ほど、部の誰かが「コーヒーかティーでもいる?」と言って聞いて回る。部長(ディレクター)も率先して聞いては、全員にコーヒーかティーを入れてまわる。国際部の時は少人数だったのでそれほど大変ではなかったが、調査部は人数も10人以上だったため、メモを片手に希望を聞いて回っていた。

●党本部に出入りする人
 党本部には実に様々な人が出入りをする。当然ながらキャメロン首相や大臣も含めて多くの有力政治家が出入りをする。私がまだ保守党本部で働いていたころ、ボリス・ジョンソン氏が後のロンドン市長選挙に対して、党本部に来て挨拶をして回ったこともあった。党本部にはちょっとしたパーティスペースもあり、そこで党の支持者を集めたパーティが行われることもあるため、有力支持者が集まることもある。また、選挙活動が重要な時期を迎えると、ボランティアスタッフが通常の勤務時間後に党本部に集まり、党本部にあるパソコンを使いながら、電話での有権者へのアンケートや投票のよびかけなどが行われる(phone canvassingと呼ばれる)。党本部のパソコンの画面に、電話をするべき有権者の名前や電話番号、そしてこちらから話すべき文言などが表示され、そこに、有権者のリアクションを入力することできるようになっているのだ。このパソコンの画面はログインIDを持っていれば、自宅のPCを用いて行うこともできるが、こうして党本部に集まって一緒に活動をすることを好むボランティアスタッフもたくさんいる。さらには、中長期的な政策への影響を目的として、様々なNGOやシンクタンクのスタッフが来ては、それぞれの部署に向けてプレゼンテーションを行ったりもする。概して、非常にオープンな職場環境である。

*1:本連載に記載の事実や認識は、個別に示されたものを除き、2015年9月時点のものである。