第1章(3)保守党調査部はエリートを抱え政治的ストーリーをつくる

長期連載:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治*1

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリスの政府・与党
 (1)保守党は組織とは呼びづらいモザイク状のコミュニティ
 (2)党本部は党首を支援するキャンペーンのプロ組織
 (コラム)保守党本部の職場環境
 (3)保守党調査部はエリートを抱え政治的ストーリーをつくる
第2章:イギリス議会から見たイギリスの首相と国会議員
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリスの選挙
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
 保守党調査部(Conservative Research Department、通称CRD)は既に述べたように、保守党本部の中でも、非常に重要な役割を担っているが、どのような人たちが働いているのだろうか。政策通の専門家のベテランが多数在籍するような部署であろうか。それとも、政府やシンクタンクなどあらゆる政策通とのコネクションを持つような、長年CRDで勤務する経験豊富なスタッフであろうか。答えはそのいずれでもない。保守党調査部の職員は20代の優秀な政治・政策エリートを中心として構成されており、保守党系の政治エリートの登竜門のような場所となっている。

 過去のCRD出身者にはそうそうたる顔触れが並ぶ。デイビッド・キャメロン元首相、ジョージ・オズボーン元大蔵大臣、マイケル・ファロン元防衛大臣などキャメロン政権時代の閣僚が名を連ねる。また、ジェームズ・オショーネー氏は2007年から2010年まで調査部のディレクターを務め、2010年総選挙における保守党のマニフェストを作成し、2010年に保守党と自由民主党の連立政権ができると、キャメロン首相の政策ディレクターとして国内政策の実行をモニタリングする重責を担った。

 こうした、後に保守党や政権の中枢を担うこととなる重要人物が、キャリアの早い段階で調査部での経験を積んでいる。キャメロン元首相の場合にはオックスフォード大学を卒業した後、すぐに保守党調査部で5年間働き、1992年の総選挙で保守党が勝利すると、それまでの功績が認められて当時のノーマン・ラモン大蔵大臣のスペシャル・アドバイザーとして、政府内の政治任用ポストに就いている。オズボーン元大蔵大臣の場合もまた、オックスフォード大学を卒業後にすぐに調査部での勤務を開始して、キャメロン首相と同じく閣僚のスペシャル・アドバイザーとして政府の政治任用職を得ている。マイケル・ファロン元防衛大臣はキャメロン首相やオズボーン財務大臣よりも政治キャリアはずっと長いが、彼もまた、保守党調査部でそのキャリアをスタートさせている点は同じである。

 私が調査部で働いていた時にも、調査部のトップこそ30代後半だったと思うが、それ以外のスタッフは皆、20代か仮に経験が長くても30代前半だった。そしてそれから3年ほど経って再びロンドンを訪れてみると、彼らのうち約半数が、キャメロン元首相などと同じく、政府でスペシャル・アドバイザーのポジションを得ていた。残る半数もシンクタンクか民間の政府担当業務(Government Affairs)をやるなど、何らかの形で政治にかかわっている人間がほとんどだった。

 既に述べたように、彼らが定常的なキャンペーンを行う上でのブレーンの役割を果たしつつ、さらに、選挙の際にはマニフェストの作成を担う。保守党の野党時代には、政治セクションに加えて政策セクションを持ち、政策立案機能に特化した役割も果たす。その仕事をより細かくみてみると、大きく分けて、5つの仕事が与党時代の保守党調査部にはある。(1)政治的ブリーフィング作成(Political Briefing)、(2)政治的ストーリー策定(Political Storylining)、(3)訂正・反駁活動(Rebuttal Attack)、(4)クエスチョンタイム・サポート(Parliamentary Question Time Support)、(5)キャンペーン調査(Campaign Work)の5つである。

 (1)政治的ブリーフィングは、毎週、調査部から全国の保守党の国政・地方議員やアクティビストなどに送られるブリーフィングメモを作成することが仕事となる。様々な政策に対する保守党としての立ち位置(Party Line)を明確にして伝えることで、全国の議員やアクティビストが有権者やローカルのメディアなどに質問された際に、一貫した答えができるようにするということが目的である。与党時代は政府内で首相を支えるスタッフから送付されてくる、政府としての中立なブリーフィング資料をベースとして、そこに保守党としての政治的なポジションを加えてメモとする。

 (2)政治的ストーリー策定は、労働党やその支持基盤である労働組合、各政策課題の担当が策定する、保守党が外部に対して発信したい政治的ストーリーを作り、そのデータと情報源を明確にして、党本部のプレスリリースとして提供することが仕事である。こうしたストーリーは第一野党である労働党を攻撃する目的で行われるもの、政府が推進する政策の抵抗勢力を攻撃する目的で行われるものなどがある。各政策領域の担当者がこうしたプレスリリースのドラフトを作成したのちに、当該省庁にいるスペシャル・アドバイザーと調査部のディレクターの承認を経て、ゴーサインが出される。いったんゴーサインが出されると、広報部がそのプレスリリースを調査部と広報部の全スタッフに送付して、10分間の追加編集・コメント時間を経て、プレスリリースとして発信され大手メディアにも送信される。当時、経営コンサルタントを休職中だった私は、コンサルタントとしての仕事は数か月のプロジェクトも多くはメディアには出ないのが常だった。それに対して、保守党調査部では一日単位の仕事が、次々とメディアで取り上げられることが新鮮だった。

 (3)訂正・反駁活動は、マスメディアや労働党のプレスリリースなどを通じて、事実とは異なる情報やイメージダウンを図った攻撃を受けた際に、その訂正・反駁をすることが目的である。(2)の政治的ストーリーと同様、この業務のアウトプットは保守党本部として出すプレスリリースということとなる。特に保守党が与党である場合には、政府として様々な政策を実行する中で、当然ながら、政策の副作用とも言うべき現象が生じてそれを叩かれることは避けられない。そうした場合に、もし報道内容に事実との相違があればそれを正すのはもちろんのこととして、仮に正しい情報に基づいていたとしても、それがなぜ必要なのか、労働党政権時代よりはどこが良くなっているのか、どのような対応策を講じているのか、そうした観点から反駁を行う。

 (4)クエスチョンタイム・サポートは、議会における首相や大臣に対する議員からの質問時間(クエスチョンタイム)における回答のサポートを行うものだ。イギリス議会では、毎週水曜日の12時から12時半まで首相に対するクエスチョンタイムがある。それに加えて、月曜日から木曜日まで毎日1時間、大臣へのクエスチョンタイムがある。クエスチョンタイムは閣僚ごとに持ち回りで行うため、約一か月に一度、閣僚は議会のクエスチョンタイムに当たることとなる。これらのクエスチョンタイムに際しては、事前に議員から質問内容を受け付けるため、最初の回答を含めてある程度は準備をすることができ、それをサポートする。政治的ブリーフィングと同様であるが、政府のスペシャル・アドバイザーなどが政府としての中立的な観点でのサポートをする一方で、調査部はそこにより政治的なメッセージを加えて回答準備をサポートする。党本部から提供するこのための資料は、一回のクエスチョンタイムでA4数ページ程度である。ただし、その後の議論の展開は事前には読むことができないため、ある程度は追加質問を想定したストーリーやデータを提供できるものの、それ以上は首相や大臣が自らの資質と知識と責任において回答を行う。また、このクエスチョンタイムは与党議員も質問を出すため、そうした保守党議員に対して首相や大臣をサポートするための質問を考えて提供することもする。

(動画冒頭部分)ブリーフィング資料を手にクエスチョンタイムに立つキャメロン首相

 (5)キャンペーン調査は、こうした定常的なキャンペーン活動ではなく、特定の選挙や国民投票に向けた準備作業として行われる。作業量として多いもので言うと、毎年、それなりに大きな地方選挙があるため、中央政府の政策による各地域における肯定的な成果を収集しておき、実際の地方選挙活動の中でそうした成果を活用して地域ごとのストーリーを作成する。中央政府省庁の担当が調査部内で割り当てられているが、それぞれの担当省庁ごとに、経済や医療、教育など、所管政策による地方への成果を収集することとなる。これらが、最終的には選挙活動の際に配布されるリーフレットや、戸別訪問などの話の材料となる。

*1:本連載に記載の事実や認識は、個別に示されたものを除き、2015年9月時点のものである。