第4章(6)なぜ、保守党は単独過半数で圧勝できたのか

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリスの政府・与党
第2章:イギリス議会から見たイギリスの首相と国会議員
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリスの選挙
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
 (1)イギリスの総選挙における4つの投票パターン
 (2)不確定要素の焦点は二つのナショナリズムであった
 (コラム)ブレグジットへの通過点としての2015年
 (3)ナショナリズムの不確定要素は「政権選択」を複雑にした
 (4)直前の世論調査ではハング・パーラメントが確実視されていた
 (5)保守党のキャンペーンの本質は何だったのか:フレーミング、40/40、死んだ猫、くさび…
 (コラム)もっともらしくイギリス政治の未来を占うには
 (6)なぜ、保守党は単独過半数で圧勝できたのか
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
 投票日当日、投票締め切りの午後十時にBBCが発表した出口調査の結果は、誰もが驚く内容であった。保守党が前回選挙を上回る316議席を獲得する見通しと発表されたのだ。労働党の獲得議席予測は239議席自由民主党の獲得議席予測は10議席であった。労働党は保守党の議席を大きく下回ることが予測され、キャメロンが首相として続投することが見込まれた。この時点では、そのあまりにも衝撃的な内容から、有権者のみならず、当の政治家たちもまだ疑問を持っていた。自由民主党は前回総選挙の議席数が59議席であり、その壊滅的な予測に対して、BBCのテレビ開票速報番組に出演していた自由民主党の元党首のアッシュダウン貴族院議員は「この出口調査の結果が正しかったら、私はこの私の帽子を食べる」とまで発言した。

 しかし、開票作業が始まり徐々にその情勢が判明してくると、むしろ保守党は出口調査よりも獲得議席を伸ばすことが分かってきた。焦点は保守党が単独過半数の326議席を獲得するか否かに移っていった。そして翌日の昼頃には、保守党の330議席獲得で単独過半数が確定し、自由民主党のクレッグ党首、労働党ミリバンド党首が相次いで辞任を表明する敗北のスピーチを行った。昼過ぎには、キャメロンは首相官邸に戻り勝利宣言を行った。

 このような、事前の世論調査と実際の選挙結果のギャップはどのようにして生まれたのだろうか。そのギャップを分解すると、大きく3つのギャップが存在した。一つ目は、①スコットランドでのスコットランド国民党の予想を超える躍進である。スコットランドにおける全59議席のうち、世論調査の段階ではその獲得議席は50議席前後と見られていたが、結果的には56議席を獲得した。二つ目は、②イングランドにおける労働党の支持の伸び悩みである。そして三つ目は、③英国独立党から保守党への揺り戻しと、自由民主党から保守党への投票先の変化である。二つ目と三つ目により、イングランドで保守党と労働党が争った議席、保守党と自由民主党が争った議席の多くは、保守党が獲得することとなった。

 この3つのギャップは、想定よりも保守党の議席が伸びた要因でもあり、一連のインタビュー等に基づいて、この3つのギャップにつながる保守党の勝因をまとめてみたい。それはある意味で、保守党のキャンペーン戦略をなぞることにもつながるが、その前に、フィナンシャル・タイムズ紙等を引用しつつ、当たり前の基本を確認しておきたい。それは、

政治学の第一原理は演説も戦術もキャンペーンもほぼ意味がないということだ。選挙の大勢は経済や政治サイクル、政党のリーダーというファンダメンタルで決まる。選挙ストラテジスの影響力は取るに足らないものではないが、一方で、決定的な要因であることも稀である(The first law of politics is that almost nothing matters - speeches, tactics or campaign ... Elections are largely determined by a few fundamentals: the economy, the political cycle, the basic appeal of the party leaders. The roles of human agency is not trivial, but it is rarely decisive either)*1

ということだ。このような見方を著名なジャーナリストである二アール・ファーガソンも「経済とリーダシップの両方の支持で後れを取りながら勝利した野党はない」という言葉で支持している*2
 したがって、第1の要因はまずもって、「経済とリーダーシップ」の2点で、労働党が保守党に後れを取っていたことである。世論調査会社の調査結果によれば、経済政策のコンピテンスとリーダーシップの2つの指標で保守党とキャメロンがより高く評価されていたことは、事実である。連立政権の最初の3年間は、労働党は政府の経済政策がうまくいかないものと見越して、それを二番底不景気(double dip recession)などと攻撃していた。その後、有権者の経済状況に対する感覚が改善したことで、生活費が上昇しているという主張に舵を切り直したが、マクロ成長、インフレ、雇用、住宅市場などさまざまな指標で有権者が改善を感じ始めたことを前にすると力強さに欠けたということだろう。これは、前述のギャップ①としてのスコットランドにおける労働党の想定以上の沈没と、ギャップ②としてのイングランドにおける労働党の想定外の伸び悩みにつながる要因と考えられる。

 第2の要因は、保守党の選挙戦略の根幹としてのフレーミングが有効に機能したことだろう。選挙後の保守党政権と労働党政権を、「能力」対「混沌」(competence vs chaos)というフレームで捉え、「保守党に投票せずに、他のどれかの政党に投票をすれば、それはミリバンドスコットランド国民党、英国独立党が政権・議会にくることを意味する」というメッセージを繰り返した。そしてそのメッセージに沿って、「死んだ猫」=「兄を、イギリスを背中から刺すミリバンド」で労働党の勢いを止め、「くさび」=「労働党スコットランド国民党と連立政権を組成する」で英国独立党の支持層を分断し保守党に投票させることに成功した。ミリバンドが首相になるとスコットランド国民党の影響力が非常に強くなるという点で、英国独立党支持者の投票行動に大きな影響を与えたということは、世論調査でも裏付けられている。これは、前述のギャップ③としてのイングランドにおける保守党への揺り戻しと流入につながる要因と考えられる。

 この第2の要因について、世論調査会社は英国独立党の得票率についてはかなりの精度で予測をできていたという指摘もあろう。これについて社会学者は、英国独立党の支持者は、いわゆる「世論調査には答えない穏健な保守党支持者(shy Tory)」と同じように世論調査に答えない傾向があり彼らの数が過小評価されていた一方で、最終的には想定以上に保守党に投票したことが相殺して、見た目上の得票率の制度につながったのではないかと解説する。

 インタビューの中ではその他にも、同性婚などの若い中道・リベラル層の支持を取り付ける政策を保守党が取り入れてきたことや、保守党がSNSを通じたアメリカ式のマイクロ・マーケティングを新たに取り入れたこと等を保守党の勝因に挙げる方々もいたが、上記の2点が主な要因であることはほぼ一致していた。