第4章(8)イギリスから二大政党制は消えるのか

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリスの政府・与党
第2章:イギリス議会から見たイギリスの首相と国会議員
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリスの選挙
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
 (1)イギリスの総選挙における4つの投票パターン
 (2)不確定要素の焦点は二つのナショナリズムであった
 (コラム)ブレグジットへの通過点としての2015年
 (3)ナショナリズムの不確定要素は「政権選択」を複雑にした
 (4)直前の世論調査ではハング・パーラメントが確実視されていた
 (5)保守党のキャンペーンの本質は何だったのか:フレーミング、40/40、死んだ猫、くさび…
 (コラム)もっともらしくイギリス政治の未来を占うには
 (6)なぜ、保守党は単独過半数で圧勝できたのか
 (7)別の未来はあったのか-労働党と自民党の悔恨-
 (8)イギリスから二大政党制は消えるのか
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
 かくして、選挙前にメディアやアカデミアを賑わせた、「誰が首相となるべきか」という憲法解釈の壮大な議論をよそに、異なる解釈の余地もなく、明確に「キャメロン首相の続投と保守党単独政権の樹立」という結果がもたらされた。

 しかし、この選挙結果を受けて、改めてかねてからの選挙制度をめぐる議論がイギリス国内で生じることとなった。実際の議席獲得に貢献しない死票の多さである。小選挙区制では最大得票者が議席を獲得するため、仮に4人の候補者がそれぞれ、4割、3割、2割、1割の得票を得た場合には6割の票が死票となる。象徴的だったのは二つのナショナリズムの受け皿となった、スコットランド国民党と英国独立党である。スコットランド地域政党であるスコットランド国民党は、スコットランドでの集中的な支持により、小選挙区制の中で非常に効率的に議席を獲得した。4.7%の得票率に対して8.6%の議席を獲得したのだ。一方で、イギリス全体で薄く広く支持を広げた英国独立党は、12.6%の得票率に対してわずか0.2%(1議席)の議席しか獲得をできなかった*1。選挙全体としては約半数の票が死票であった。

 その底流にあるのは、二大政党の伝統的な「小さな政府」と「大きな政府」に集約されない社会の価値観の多様化と、スコットランド議会選挙や欧州議会選挙などの国政以外の重要な選挙における小選挙区制以外の選挙制度の確立である。緑の党の掲げる環境保護政策や、スコットランド国民党の掲げるスコットランド独立、そして、英国独立党の掲げるEU離脱は、いずれも、国民投票でもない限り保守党と労働党の二大政党には、自ら働きかけて実現することが難しい政策である。しかし、こうした政策を他のどの政策よりも重視する有権者が増えてきたことで、こうしたシングルイシュー政党が議席を獲得するようになってきている。しかし、いかに有権者の価値観が多様化しても、かれらの受け皿となる政党が組織されなければ、多党化は進まない。また、政党はどこかで議席を得なければ、資金面でもアクティビストの士気面でも、次第に活動が難しくなる。仮にスコットランド議会選挙や欧州議会選挙がなければ、こうしたシングルイシュー政党は重要な議席を獲得できず自然消滅していっただろう。しかし、こうしたシングルイシュー政党は、スコットランド議会や欧州議会という、それぞれの支持者にとって重要な議会において、少数ながらも議席を獲得し始めた。スコットランド議会選挙には比例代表の要素があり、また、欧州議会選挙は3議席から10議席中選挙区制で行われている。こうして始めはわずかでも議席を獲得することで、資金が集まるようになり、組織の運動にもモメンタムが生まれた。結果的に、イギリスにおいても少しずつ、二大政党の得票率が下がり、多党化が進んできている。

 このようなシングルイシュー政党の出現や、多党化、二大政党の得票率低下という現象を捉えて、イギリス政治の代名詞である二大政党制が本質的に変化してきていると言われることもある。こうした傾向は、イギリスにおいて、急速に進展していくだろうか。長年のイギリス政治ウォッチャーたちの見方としては、このような変化は続くものの、やはり、そのスピードは緩やかであろうと指摘をする。そして、その理由に挙げられているのが、二大政党制を促しやすい完全小選挙区制という選挙制度、人々の投票行動と地域・人口動態などの構造要因との相関性の高さ、多数決を好むイギリスの国民性である。

 まず、選挙制度である。保守党や労働党以外の政党が二大政党の一翼を占めるようになることはあり得るが、二大政党制というフレームが外れる可能性は低いと考える識者が多い。そのようになる理由はやはり小選挙区制の性質にある。小選挙区制はどうしても二大政党に有利であり、少数政党に不利なことは明らかである。その結果、どうしても議席は二大政党に収れんされていく。英国独立党が欧州議会選挙でイギリスの第一党となるほど支持を広げながらも、今回の総選挙で一議席の獲得に留まったのもここに理由がある。二大政党以外の政党が勢力を拡大していくには時間がかかるのだ。そのような時間軸の中で、2010年の総選挙で躍進して連立政権入りした自由民主党は、連立政権で保守党に埋没した。今回の総選挙ではその存在意義が問われ、壊滅的なダメージを負った。連立政権に入ることが党勢拡大に逆行するであろうことは、クレッグ党首は理解していたが、それでも、党勢拡大よりも彼らの望む政策の前進を優先した結果であった。また、シングルイシュー政党であれば、そのような時間軸の中で、徐々にそのイシューが二大政党に組み込まれ、そして、忘れ去られていく。英国独立党のムーブメントは、キャメロン政権に対して大きなプレッシャーであったことは間違いないであろうが、キャメロンは2017年までにEU離脱の国民投票を約束した。それにより、英国独立党の主張の一部が政権に取り込まれる形となった。国民投票でEU離脱が決まるにせよ、決まらないにせよ、その結果を受けて英国独立党が失速するであろことは、2015年時点からクロスビーも予測している*2*3*4

 次に、投票行動と構造要因の相関性の高さである。すなわち、伝統的な支持基盤がわりとシンプルな基本属性によって規定されている、という支持基盤と社会構造の連動性がある。イギリス社会においても、伝統的な社会階級が流動化してきているとはいえ、そのような社会構造の変化は急激に進むものではなく、結果的に、投票行動も劇的には変化しないのではないか、ということである。

 最後に、多数決を好むイギリスの国民性が健在であることだ。これだけ、二大政党の合計支持率が下がってきている中でも、2014年に行われた世論調査では、イギリス国民の多くは単独与党政権を望んでいることが明らかになった。

 こうした理由により、イギリス政治における二大政党制の退潮という流れは、緩やかなものと指摘されている。その漸進的な変化の真っただ中にある現状においてはむしろ、目の前に迫る、二つの問題への対処が問われている。連立政権の政権運営の在り方と、少数与党による政権運営の在り方である。二大政党の得票率が下がりハング・パーラメントとなる確率が高まっているにもかかわらず、連立政権の少数派のパートナーであった自民党が壊滅的なダメージを受け、同じ前提で連立政権に入りたいと考える政党を探すことが難しいからである。