第2章(コラム)イギリス議会の採決

長期連載:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治*1

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリスの政府・与党
第2章:イギリス議会から見たイギリスの首相と国会議員
 (コラム)「ブツブツうるさいバカ」という首相の失言で幕を開けた議員秘書生活
 (1)バックベンチャーという哀しい響き
 (2)有権者からの陳情対応では政府との中立性を保つ
 (3)庶民院議員は週に1日半を地元で過ごす
 (コラム)庶民院議員の家庭生活
 (4)与党のバックベンチャーは造反行動で存在感を示す
 (5)与党議員でもバックベンチャーの影響力は弱い
 (コラム)イギリス政党における派閥
 (6)首相を引きずり下ろすことは極めて難しい
 (7)首相は院内幹事を通じて与党議員をコントロールする
 (コラム)イギリス議会の採決
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリスの選挙
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
ペアリング
 議会の議事録(hansard)の中で様々な採決の結果を見ることができるが、大抵の場合、下院の全議員650人が出席しているわけではない。一方でそれが「棄権」として、造反の扱いをされるわけでもない。その秘密はペアリング(pairing)という仕組にある。これは、与党議員と野党議員がそれぞれペアを組んで、採決の欠席をそれぞれの政党の院内幹事の了承を得る仕組みである。これにより、与党にとっても野党にとっても、欠席議員の採決への影響がなくなるため、何らかの都合で議員の出席が難しい場合にはこの仕組みを用いる。例えば、本会議の採決の時間にも委員会が開かれていて、委員会の委員が採決に出席できない場合などがその典型例である。ただし、これもどんな法案にも用いることができるわけではなく、前述の三本線の採決には用いることはできない。

採決の鐘
 議会では採決が始まる前に採決の鐘(Division Bell)と呼ばれる鐘が鳴る。これは議会内だけではなく、議会周辺のパブなどでも鳴り響く。これが鳴ると議員たちは、採決場(Division Lobby)に向かうのだが、このベルが鳴ってから採決場のドアが閉まるまで8分と決まっている。こんな時も、飲み物を注文する度に支払いを済ませている、イギリスのパブは便利である。精算でもたついて採決に遅れることがない。

採決場
 日本で重要な採決があると、テレビでその模様が放送され、議員が議場で列をなして、札を投票している姿が映る。造反議員がいると、造反を示す札を高々と示して、投票する姿も時々目にする。イギリス議会での採決の方法は少し異なるが、投票方法がアナログであることは同じだ。イギリスの場合は賛成の部屋と反対の部屋がそれぞれ用意され、議員はそれぞれの部屋に列を作り、そこに入ると投票が記録される仕組みになっている。この賛成と反対の部屋は、庶民院の場合はAye LobbyとNo Lobbyと呼ばれ、貴族院の場合はContents LobbyとNot Contents Lobbyと呼ばれている。このアナログな採決方法の電子化は、何度か議論されているが、イギリス議会のウェブサイトによると、議員同士の気軽なやりとりや、フロントベンチ議員とバックベンチャーとのインフォーマルな情報交換をするために有効である、などの理由でアナログ方式のまま残されているらしい。

*1:本連載に記載の事実や認識は、個別に示されたものを除き、2015年9月時点のものである。