第2章(5)与党議員でもバックベンチャーの影響力は弱い

長期連載:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治*1

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリスの政府・与党
第2章:イギリス議会から見たイギリスの首相と国会議員
 (コラム)「ブツブツうるさいバカ」という首相の失言で幕を開けた議員秘書生活
 (1)バックベンチャーという哀しい響き
 (2)有権者からの陳情対応では政府との中立性を保つ
 (3)庶民院議員は週に1日半を地元で過ごす
 (コラム)庶民院議員の家庭生活
 (4)与党のバックベンチャーは造反行動で存在感を示す
 (5)与党議員でもバックベンチャーの影響力は弱い
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリスの選挙
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
 2012年の貴族院改革法案の成立阻止について、与党のバックベンチャーが、政府方針を阻止した稀な事例であると紹介したが、実際、与党のバックベンチャーとして政府方針に影響力を行使する方法は限られている。与党のバックベンチャーとして、政府方針に抗うための一般的なアクションとしては、(1)フィリバスター、(2)審議長期化を図った修正法案の提出、(3)議会採決における造反行動、(4)最終手段としての党首不信任などがある。しかしながら、スキャンダルや支持率の急落等の有事の際の党首不信任を除き、あまり有効な方法とは言いづらい。
 他方、日本では与党議員が政府方針に影響力を行使するための手法として一般的でありながら、イギリスではあまり一般的ではない手法はいくつもある。
 一つは、議会審議において、政府にポジションを持たない、国会対策委員会や各種国会委員会委員長による、法案審議の日程管理である。日本では国会対策委員会が国会審議の日程を決め、各種委員会の委員長は委員会審議の日程をコントロールできるため、政府法案の審議日程に影響を及ぼすことが可能となる。イギリスはこうした審議日程の実質的なコントロールが政府側にあるため、バックベンチャーが日程管理をテコとして政府方針に影響力を行使することは難しい。
 二つは、派閥や議員グループとしてのまとまった造反行動による、法案の否決である。日本では自民党でも民主党でも、仮に与党議員が政府方針へ造反する際には、派閥や議員グループが一体となることが一般的であるが、イギリスの場合はグループとしてのまとまった採決行動が稀である。実際に、法案ごとに与党議員の誰が造反をしているかを見てみると、その人数は法案によってかなりばらつきがあり、造反行動をまとめるリーダーの存在はあるが、それはあくまでも個別法案ごとの動きであることが分かる。
 三つは、日本の自民党政務調査会や日本の民主党政策調査会で行われている政府方針の事前承認制が、イギリスの保守党の1922委員会(1922 Committee)やイギリスの労働党労働組合労働党調整組織(Trade Union and Labour Party Liaison Organization、通称TULO)では行われていないことである。これは、2009年からの日本の民主党政権でも、「政府与党の一元化」というキーワードのもとで、政権交代の象徴的な意味合いを持ち、イギリス化が志向されたがうまく機能しなかった。
 三点目について、筆者は保守党の1922委員会の複数の幹部にインタビューをする機会があり、彼らの認識を実際に問うたことがあり、その内容を詳しく紹介したい。
 1922委員会とは1922年の総選挙で当選したバックベンチャーが、1923年に設立した委員会である。その目的は、フロントベンチ議員と同じく個々の選挙区で民意を受けて当選し、議会ではフロントベンチ議員と同じ一票を持つバックベンチャーの、意見や懸念を政府の政策に反映することである。委員会には全体委員会と個別の政策領域ごとの政策委員会(policy committee)があり、それぞれ週に一度の頻度で委員会が開かれ、翌週以降の議会の議事内容に対して議論が行われる。そして、その議論の内容が政権内に伝達される。日本の自民党政務調査会民主党政策調査会とは異なり、この1922委員会での政策論議は、政府の政策に直接的な影響力を持っていない。1922委員会は政府の政策を「承認」する機関ではなく、あくまでも、そこに所属する議員の意見や懸念を「伝達」する機関だからだ。
 一方で、大きなスキャンダルや支持率の急落などの、保守党の危機に際して、1922委員会はその真価を発揮する。現職の庶民院議員の15%の要求により現職党首不信任の動議を提出することができ、その採決の投票権庶民院議員だけで行われ、通常はバックベンチャー過半数を占めている。さらに、その党首選挙の日程や細かなルールは1922委員会が規定することになっている。したがって危機に際して、党首を交代させるべきかどうか、さらには、新しい党首をどのように選択するか、1922委員会はそこに大きな影響力を持つ。
 こうした1922委員会と政務/政策調査会の仕組みの違いもあり、イギリスと日本では、議会における政党の党議拘束の性格や、法案修正の頻度に大きな違いがある。与党内の事前協議・承認がないイギリスでは、議会での法案の修正も日本に比べて多く、一部の重要採決を除いて政府に対する造反も日常茶飯事である。一方でそれは、それらが政府にとってあまりにも重大な影響を及ぼさないことの裏返しでもある。与党議員による法案修正や造反行動が、政府による行政執行や法案審議に対して重大な影響を及ぼす場合には、イギリスでも日本と同じように事前協議・承認制を導入して、そうした混乱をきたす可能性を制度・プロセス的に摘み取ることが自然だからだ。実際に、2010年から2015年の間の第一次キャメロン政権の間に、メディアを騒がせるほどの、与党バックベンチャーによる造反行動は全部で7回ほどあったが、その多くは貴族院改革法案やEU・移民関連など、ただちに経済・社会政策に影響を与えるような内容ではなく、むしろ、いずれにせよ長期的な議論を要することが社会的なコンセンサスとなっている、憲法に関わる事案(constitutional)がほとんどであった*2
 そして、日本においてもイギリスにおいてももっとも頻繁に行われている影響力の行使が、こうした、事前承認、修正法案、日程管理、フィリバスター、個人または派閥による造反行動、党首不信任という、(半ば)制度化された影響力の源泉を背景とした、より上流工程での非公式な影響力の行使である。日本では、こうした影響力構造は広くあらゆる法案に対して及ぶため、政府にポジションを持たない与党議員としても、こうした影響力を行使することで、法案の修正を迫ることも可能となる。イギリスでは、こうした制度化された影響力の源泉に違いがあるため、その度合いは異なるが、バックベンチャーによる政府方針への非公式な影響力の行使ということが一般的に行われているようだ。
 実際、複数のバックベンチャーはインタビューの中でも、フィリバスターや修正案、造反や不信任等よりも、非公式に院内幹事や大臣と話をして法案が議会に提出される前に影響力を行使することがもっとも有効であると述べている。大臣や政府も議会に提出された後で問題点を指摘されて、修正に応じることは難しいが、提出前に妥当な指摘を受けて修正することは容易である。ただし、前述の通り、実質的な事前承認制ではないため、大臣や政府は法案の提出前にバックベンチャーの意見を聞く時もあれば、聞かない時もあるということだった。
 こうした、非公式な影響力の行使については、そのダイナミクスの微妙なバランスから、イギリス政治においても変化が生じているようだ。2015年の総選挙において、保守党が予想外の勝利を収めた直後に、バックベンチャーにインタビューしたところ、2015年の総選挙結果でふたたび連立政権になる場合には、連立合意について事前に1922委員会の承認が必要であると見られていたということが明らかになった。背景には、特にEU問題や貴族院改革など、党内の反対で政府の意向が通らないことが増え、結果的に、バックベンチャーに政権が追い詰められたことがある。このような背景事情もあり、保守党の1922委員会の権力は強さを増しているというのだ。
 さらには、イギリスによるEU離脱の国民投票が行われる約1年前のこの時点で、保守党単独政権の政権運営の難しさも指摘されていた。2010年から2015年去5年間は、自民党との連立政権で自民党の政策に不満を持つ議員が多くいたことと、過半数を大きく超える議員数がいて造反の意味合いが小さかったことから、数多くの造反行動がとられていた。しかしながら、2015年以降については、非常に微妙な過半数議席の中で、造反行動が持つ意味合いも大きく、バックベンチャーの権力が大きくなるであろうと予測されていた。実際、政権与党の議席数は過半数ぎりぎりであり、数人がグループを組めば拒否権を握ることができる程だった。連立政権の中では法案が議会に提出される前に保守党と自民党の間で交渉が行われていたのが、これからは、より政府とバックベンチャーの間の事前の調整・交渉が増えてくるのではないかと予測されていた。
 インタビューの中では、影響力は拡大することを歓迎しながらも、節度を持ってそれを行使しなければならないというバックベンチャーの意識も垣間見えた。すなわち、意見の違いはあるものの、事前調整・交渉を行うことで、少なくとも政府の意図をバックベンチャーが理解することができるようになる。その上で、バックベンチャーの強大化した影響力をどの政策で行使するかが問われており、あまりに多くの政策でそれを行使しても保守党が追い詰められ、かつ、その前後では政府から相手にされなくなる、ということを語っていた。

*1:本連載に記載の事実や認識は、個別に示されたものを除き、2015年9月時点のものである。

*2:The Telegraph (2014.11.10) "David Cameron's 7 biggest Tory rebellions"