第2章(4)与党のバックベンチャーは造反行動で存在感を示す

長期連載:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治*1

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリスの政府・与党
第2章:イギリス議会から見たイギリスの首相と国会議員
 (コラム)「ブツブツうるさいバカ」という首相の失言で幕を開けた議員秘書生活
 (1)バックベンチャーという哀しい響き
 (2)有権者からの陳情対応では政府との中立性を保つ
 (3)庶民院議員は週に1日半を地元で過ごす
 (コラム)庶民院議員の家庭生活
 (4)与党のバックベンチャーは造反行動で存在感を示す
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリスの選挙
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
 議員の議会活動をサポートすることも、当然ながら、議員秘書としての大切な仕事だ。議会活動のサポートも、議員が必要としている書類をかき集めるという基本的なことから、議員の代わりにNGOが主催するレセプションやブリーフィング・セッションに参加して簡単なレポートをしたり、本会議や議員が所属する委員会での発言・質問のためのリサーチをすることまで、その内容はかなりの広がりがある。

 議員の代わりに私が参加したレセプションの一つは、盲導犬を保護するための慈善団体によるものだった。このようなレセプションの案内は数多く議員の下に寄せられるが、その中から、出席するものとしないものを議員が判断する。このレセプションについては、議員は参加を希望していたものの、議員の所属している委員会の日程と重なってしまっているため、代理として私が参加することとなった。盲導犬は目の不自由な方々にとって、外出の際の大切なパートナーであるだけでなく、日々を一緒に過ごす心理的なパートナーとしても大切な存在となる。そんな盲導犬が、鎖につながれていない危険な犬によって攻撃され、時として命を落とすこともある。そうした状況に対して何らかの政策的な対応を求める活動の一環として、超党派で議員からサポートをとりつけることを目的に、このレセプションが開かれた。議会の中のやや大きめの一室にある会場に入ると、コーヒーなどの飲み物やちょっとしたお菓子が用意され、そのNGOのスタッフなどの方々が待っている。そもそも外国人である私だが、議員の代理として参加していたため、そのNGOのスタッフが何人か話しかけてきて、議員の考え方を私に尋ねたり、彼らの主張を説明してくれた。その後、そのNGOの幹部などからプレゼンテーションがあった。終了後は、プレゼンテーションの中身やスタッフから聞いた話を、簡単にまとめて私から議員に報告をした。より具体的な政策課題のブリーフィング・セッションという形式での会合が開かれる際には、議会の委員会で使用する部屋を使用する場合もあった。これもまた、議員の代理として参加しているため、「こんな所に座っていいのだろうか…」と思いつつも、委員(議員)の席に座って話を聞いた。

 議会活動のサポートとして、今も強く印象に残っているのが、2012年の夏に政府が提出した、貴族院改革法案(House of Lords Reform Bill)である。序章でも触れた、貴族院議員の多くを、選挙で選出することを柱とする改革のための法案である。全ての国会議員が選挙で選ばれ、「貴族」というものが存在しない日本の常識から考えると、非常に違和感があるかもしれないが、この貴族院議員を公選制とすることにはイギリスには根強い反対がある。主要三政党のすべてが2010年の総選挙のマニフェストにおいて何らかの形で貴族院の改革に触れており、現代において非公選の貴族院議員が存在するという問題意識は共有されている。一方で、高校生のインターンがまさしく主張していたように、ともに公選制の両院が互いに法案をブロックしあう膠着状態が懸念されていた。改革の必要性が社会的に共有されている一方で、どのような改革をするべきなのか社会的な合意が得られていないのだ。数多くの保守党議員がこの法案に関して政府方針に造反したが、リース・モグ議員もその一人であった。後に詳述するように、与党のバックベンチャーとして政府方針に反対してその実現を防ぐための手立てはあまり多くないのだが、リース・モグ議員は審議を滞らせて採決を防ぐための長時間に及ぶスピーチ(フィリバスター)や、審議に時間のかかる修正案を用意しようとしており、私はそのサポートをしていた。貴族院に関わる歴史や過去の法律は数えきれないほどあり、それらを収集することで、彼のスピーチの準備をしていた。また、修正案のオプションについても多数用意することで、審議そのものを終わりのないものにしようとしていた。結果的には、数多くの保守党議員の造反を重くみた政府が法案は取り下げ、リース・モグ議員によるフィリバスターは実行されなかった。与党のバックベンチャーが政府方針を阻止したイギリスでは稀な事例である。だが、議会政治の長い歴史を持つイギリスにおいて、今なお、その民主主義の在り方を所与のものとせず、不断の改革の努力が行われている事例でもある。

 そしてこの例からも、イギリスでは造反行動をとっても、ほとんどの場合、懲罰がなことが日本との大きな違いであると思い知らされた。

*1:本連載に記載の事実や認識は、個別に示されたものを除き、2015年9月時点のものである。