なぜ、政府統治の新たな手法が、イギリスで次々と導入されるのか

常々、政府統治のあり方を常に見直すことが、イギリス政治の役割の1つとして、広く浸透しているように感じます。単に大きな政府か小さな政府かという、イデオロギー的な対立軸だけではなく、政府統治の様々なイニシアチブがイギリスで実現しました。小さな政府を志向するエージェンシー制度や民営化 (Privatization)、医療や教育などの公的機関に競争原理を導入する準市場 (quasi-market) 、民間への事業リスクの移転を狙った民間資金等活用事業 (Private Finance Initiative)、行政における無駄の排除や生産性の向上を狙った業績評価指標 (Performance Measurement) 、中期的な観点からの財政運営を可能にするための中期財政フレーム (Medium-Term Expenditure Framework) など。イギリス発祥とは言えないものもありますが、近年のイギリスは、先進的な政府統治の手法を取り入れてきたことは事実でしょう。また、その成否についても賛否両論があるものも多いのですが、保守党および労働党の二大政党の間で政権交代を経て、一部の制度が進化しながら生き残っていることも事実です。

政府をいかに統治するべきかという問そのものは、多くの国々の市民の間で共通の興味だと思いますが、こういった政府統治の手法がどのようにイギリスにもたらされるのでしょうか。学術的なリサーチを読んだことがないので分かりませんが、感覚的にはやはり、(場合によっては政党をまたがない)政権交代を契機として導入されるものが多いようです。エージェンシー制度や民営化、準市場などは、サッチャー政権での一貫した小さな政府への前進の中で導入されましたし、PFIはその保守党政権の流れの中で、メージャー首相の中で導入されました。また、業績評価指標と中期財政フレームが一体となった(Comprehensive) Spending Reviewはブレア労働党政権の下で確立されました。2010年より始まったキャメロン連立政権下では、行政権限の市民への移譲とソーシャル・セクターの発展を狙ってBig Societyという概念が提唱され、現在、その一部がLocalism法案という形で法整備されつつあります。

イギリスでは国政選挙が平均で4年に1度くらいしかないこともあり、政党はいったん野党に転じると、幸か不幸か、腰を落ち着けて新しい政策を練る時間があります。もちろん、野党は政権の責任追及を常に行い、パフォーマンスとしてはいつでも政権交代が可能なことをアピールします。ただ、政治家本人も市民の側も、すぐには政権交代がないことを十分理解した上での行動なのでしょう。2005年5月の総選挙で敗れた保守党は、その年の12月にデービッド・キャメロン氏(現首相)を党首として選出しました。キャメロン氏は党首に選任されるとすぐに、次期総選挙のマニフェスト作成に向けて、6つのポリシー・レビュー・グループ (Policy Review Groups) を立ち上げ、18ヶ月以内に政策を確立すると宣言しています(資料1および資料2)。そして、そのうちの1つがPublic Services Improvement Groupという政府統治の手法に関わるグループでした。

2005年12月から18ヶ月というと、約10ヶ月後の党大会でドラフトをもんで、そこからさらに作りこみ、2007年10月の党大会で大方合意に持ち込む、というスケジュール感でしょうか。毎年の党大会などでは、新しい政策を取り入れながら、党のマニフェストを作り込んでいきます。党大会には、以前にも紹介したかもしれませんが、様々な党関連団体、シンクタンク、業界団体、コンサルティング会社などが、レクチャーやパネルディスカッション、ブースの開催をしています。こういった機会にも新しい政策のアイデアが持ち込まれることでしょう。その中には、各団体のオリジナルの政策アイデアだけではなく、アカデミアからのアイデアも多く持ち込まれているものと思います。

そういった背景を知ると、以前ご紹介した2007年党大会におけるキャメロン党首の伝説のスピーチの、特にその最後の部分も理解が深まります。彼はこの年の7月に(選挙を経ずに)首相となったブラウン首相に対して、庶民院(下院)を解散して総選挙を、とやや挑発的に迫ります。このタイミングでは、解散・総選挙は現実的な選択肢としてあったため、キャメロン党首も相当の覚悟でのスピーチだったことと思います。その時の彼の自信の背景には、このポリシー・レビュー・グループの提言に基づいてできあがりつつあった、マニフェストに対する自信もあったのかもしれません。

こうした新しい政策を取り込む努力は、野党時代だけではなく、政権与党となってからも継続されます。保守党は今年の1月にConservative Policy Forumという全国的なグループを再度立ち上げました。連立政権発足時に定めた政策プログラムが、2012年の中頃までには順次実行に移されていくとの見通しの中で、その先の2015年や2020年を見据えた、新たな政策づくりというのがこのグループの目的です。次回の選挙の際は政権与党としての選挙となるため、このグループだけが主なマニフェストのソースとなるわけではありませんが、政権内から出てくる政策とあわせて、マニフェストに活かされることは間違いありません。

いずれにしても、このように、政府統治の手法も含めて新しい政策が次々とマニフェストに取り込まれ、(今回は詳細を述べませんが)与党に対して政権の力が非常に強い構図と、政府の多少のミスマネジメントはすぐには政党支持率に甚大な悪影響を与えない構造の中で、政権が次々にそれを実行するサイクルが生まれています。こうしてイギリスでは、新たな行政統治手法の取り組みが、次々と生まれてくるものと思います。(注:冒頭にも書いた通り、新しいものがたくさん実現するから、自動的にそれが「良いこと」とは限りません。あくまでもイギリスの現状を、良い例とも悪い例とも決めつけず、その構造を説明したものとご理解下さい。)

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さて、ここまで書きましたが、そもそもこういったことを書こうと思ったきっかけの取り組みのことを、まだ全く書いていません。次回書きましょう。ちなみに、昨日と本日の仕事の内容を簡単に書いておきます。昨日は、国会議員がある政策に関連して、彼らの選挙区に向けて行うプレスリリースに関する仕事でした。本日は、定期的にアップデートして政権内に届けている資料があるのですが、そのアップデートを担当しました。