第3章(コラム)ジェントルメンズ・クラブ

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリスの政府・与党
第2章:イギリス議会から見たイギリスの首相と国会議員
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリスの選挙
 (1)ロンドン市長選挙は因縁の歴史を持つ個人票が鍵を握る選挙である
 (2)選挙対策本部の中枢はプロが担う
 (3)キャンペーン戦略はWho-What-Howで考える
 (4)ターゲットは「どこにいるのか」(Where)に翻訳する
 (5)選挙戦の「良いメッセージ」には四つの条件がある
 (6)メッセージを印象付けるためにキーワードを抽出する
 (7)3つのポイントを押さえてネガティブキャンペーンの効果を最大化する
 (8)敵の反撃で窮地に陥ったときは、「死んだ猫」をテーブルに投げる
 (9)「ターゲット軸」と「時間軸」で、PR活動の主導権を握る
 (10)選挙キャンペーンは有権者を映す鏡となる
 (補足)追加資料のPDFファイル
 (コラム)ジェントルメンズ・クラブ
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
 イギリス社交界の象徴の一つであるジェントルメンズ・クラブを紹介したい。ジェントルメンズ・クラブとは言ってもストリップバーのことではない…。いわゆるイギリスの伝統的な紳士クラブのことで、ロンドンには様々なクラブが存在する。ジェントルメンズ・クラブとは伝統的には、主に18世紀にイギリスの上流階級の男性向けに設立された会員制のクラブのことである。当時は、会員となるためにはまずクラブの運営者による会員審査があり、その審査を通過した後に、既存の会員により投票が行われて会員となれるかどうかが決まっていた。庶民院議員の公認候補選定プロセスを彷彿とさせる。その後、19世紀後半や20世紀に入り、中流階級や女性にも開放されてきたが、現代でも私的な会員制クラブであることに変わりはない。現在のジェントルメンズ・クラブはその会員に対して、食事をするレストランや飲み物を提供するバーやラウンジ、会議室やホールの提供、多くの場合は宿泊設備なども提供している。私が保守党本部で働いていた際に運営をサポートした国際民主同盟(IDU)のリーダー会議も、ロンドンのジェントルメンズ・クラブの一つで行われたことは既に紹介した。ジェントルメンズ・クラブはイギリスとイギリス連邦の国々、アメリカに多く、クラブ同士の国際的な提携によって会員に地域を超えたサービスを提供しているところもある。インターネットで検索すれば、ウィキペディアに、ロンドンにあるジェントルメンズ・クラブのリストが出てくる。私はロンドン滞在中に、幸運にもいくつかのクラブの会員に、ゲストとしてこうしたクラブに招待していただく機会があった。

 きっかけはいわゆる伝統的なジェントルメンズ・クラブではないのだが、私的な会員制クラブのである、IoD(Institute of Directors)とRSA(Royal Society of Arts, Commerce and Manufacure)に行ったことである。私がそもそもイギリスに行くかどうか迷っていた際に、イギリス政治に詳しい方を紹介していただいたことは前述の通りだが、彼からさらに紹介していただいた年配の方がいる。日本とイギリスを行き来しながらビジネスをされている方で、イギリスについてすぐ、その方に「ネットワーキングに必要」と言われて連れて行っていただいたのがこの二つである。会員になるためには会員からの推薦が必要なのだが、その方が「私が推薦すれば大丈夫」と仰るので、安くはない年会費は投資だと思ってRSAの会員となることにした。

 イギリス政治の現場での仕事を求めてネットワーキングをしている中で、この方の仲介で、様々なRSAの会員の方々にお会いする機会をいただいた。そのうちの一人がある貴族院議員のアドバイザーの方であり、彼に連れて行っていただいたのが、IDUのリーダー会議でも使われたナショナル・リベラル・クラブ(National Liberal Club)である。ややアイルランドなまりのあるその方の英語を逐一理解するのは難しかったが、初めて訪れるジェントルメンズ・クラブは強烈な印象だった。ナショナル・リベラル・クラブはロンドンでももっとも大きなクラブの一つと言われる。レストランに向かう階段は中心が吹き抜けとなっている大きならせん階段で、その壁には、正直なところ私にはどれほどの価値があるのかわからないが、所狭しと絵画が飾られていた。レストランは中学校の体育館ほどの大きなホールの中にゆったりとテーブルが並べられた広い空間で、半地下の空間にはIDUリーダー会議をやるほどの大きな会議室もあった。

 ナショナル・リベラル・クラブはその名の通り、政治的には自由民主党Liberal Democrats)系の方が多く出入りするクラブである。保守党系の方が出入りすることで有名なクラブはカールトン(Carlton)である。各政党のクラブは、その時々の政党の影響力の強さをかなり如実に表すということで、90年代の後半に保守党が政権を離れて、ブレア元首相の人気が非常に高かった頃は、カールトンへの人の出入りも、今よりはずっと少なかったそうだ。

 その他にも、様々な機会で、ランズダウン・クラブ(The Lansdowne Club)、オリエンタル・クラブ(Oriental Club)、ロイヤル・オーバーシーズ・リーグ(Royal Over-Seas League)、イングリッシュ・スピーキング・ユニオン(The English-Speaking Union)などを訪れる機会があったが、特に印象に残っているのがリフォーム・クラブ(Reform Club)とオックスフォード・ケンブリッジ・クラブ(Oxford and Cambridge Club)である。リフォーム・クラブで何より印象的だったのは、その場所とその庭である。ロンドンの首相官邸からも徒歩で行ける距離に、ポール・モール(Pall Mall)という通りがあるのだが、その通りはこのようなジェントルメンズ・クラブがいくつも建っている。いわば、ジェントルメンズ・クラブ通りなのだ。クラブについてすぐ、まずはカクテルでもということで、グラスを片手に庭のベンチで話をすることとなった。その庭がまた、手入れの行き届いた、緑がきれいで、夏も涼しく蚊もいない、ロンドンらしい素晴らしい庭だった。隣のクラブにも同じような庭がある。ふと、そちらに目を向けてみると、そちらの庭には保守党の現役の閣内大臣が何人かの方々と談笑をしている。「なるほど」という感じがした。オックスフォード・ケンブリッジ・クラブは、イギリスを代表する二つの大学、オックスフォード大学とケンブリッジ大学の卒業生のためのクラブだ。大学としての競争力ではしのぎを削る二つの大学であるが、ネットワーキングではその垣根を越えて交流をしているということで驚いた。このクラブも同じくポール・モールという通りにある。
www.reformclub.com

 こうしたジェントルメンズ・クラブは私の良い思い出であり、私のイギリスでの生活・仕事にとってなくてはならない場所であった。特に、自分自身が会員であったRSAでは、保守党の地方支部の資金集めパーティに参加させていただくきっかけとなる方や、今でも連絡と取りあう友人に出会ったネットワーキングの場であり、よくノートパソコンを持って作業をしに行く便利なオフィスでもあった。