イギリスの世論調査会社はいかに運営されているか

さて、いちおう「日記」なので、少しは「日記」らしいことを書くと、今日は慌ただしく、でも、非常に充実した一日でした。今日の慌ただしさはまず、仕事をいくつも平行してやっていたことに起因します。昨日、国際部のボスから「ちょっとぜひお願いしたいことが」と言われて引き受けた仕事があり、彼女から調査部のボスにも話はきちんと通っていました。なので、調査部の方から本日、他の仕事ができるか聞かれた際に、断ろうと思えば断れたのですが、なんだかおもしろそうだったので、せっかくだからと思い、引き受けました。その一方で、今日は2つの大事なインタビューが予定されていました。「大事」とは言っても、私にとって「大事」なだけで、別に仕事には関係ありません。そのインタビューの質問事項を見直し、国際部の仕事をする傍らで、調査部の小さな仕事をクイックに終えて、1つ目のインタビューのために外出しました。インタビュー先は少し離れた場所にあるので、2時間半ほど経ってからオフィスに戻り、再度、国際部の仕事をしながら、時折、調査部の小さな仕事を引き受けました。最後に、保守党内部でもう1つのインタビューをして、1日を終えました。普段は6時きっかりにオフィスを出ていますが、今日は気がついたら7時を過ぎており、周りには見知らぬ若者がたくさんおり、ボリス・ジョンソン市長のロンドン市長選挙のための電話ボランティアをしていました。ともあれ、どちらのインタビューも非常に充実していました。こういったインタビューをもっとたくさんやらないといけないし、ここまでマジメに働いてきたおかげで、党本部内でインタビューを引き受けてもらいやすくなったり、勤務時間中にこういったインタビューで外出することも多めに見てもらいやすくなっていたりします。少し落ち着いてインタビュー先リストを作って、インタビューをたくさんしたいと思います。

世論調査会社YouGovとのインタビューの背景

さて本日のエントリでは、1つ目のインタビューの、世論調査会社YouGovとのインタビューの詳細をご紹介したいと思います。まず簡単に背景から説明します。イギリスには、日本とは違い、メディアの子会社ではない独立系の世論調査会社がいくつかあります。主要な会社は、BBCとの契約のあるComRes、労働党よりのGuardian紙との契約のあるICM、The Times紙との契約のあるPopulus、ロイターなどと契約のあるIPSOS-Mori、そして、最大の大衆紙The Sunとの契約のあるYouGovです。これらの会社の日々の世論調査の結果はUK Polling Reportというウェブサイトにまとめられています。これを見ると、YouGovが圧倒的な頻度で世論調査を実施していることが分かります。詳しくは後ほど書きたいと思いますが、YouGovがインターネットでの調査にフォーカスしており、固定費を除くと同様の調査を繰り返す場合の限界コストが非常に低いことがその要因の1つです。

なぜ、私がYouGovとぜひインタビューをしたかったかというと、YouGovがその選挙の予測においてもっとも信頼される実績を残していることと、単純にYouGovの世論調査結果を頻繁に目にする中で、そのクオリティの高さを尊敬しているからです。そのYouGovの定例世論調査の例はこちらから見ることができます。これを見ると、下記にちょっと挙げただけでも、日本のニュースで目にしている世論調査とは明らかに違うことがいくつもあります。なお、比較にあたっては、日経リサーチの世論調査を比較対象としています。記載情報を確認して比較しているつもりですが、もし、事実誤認があれば教えてください。訂正します。

  • 日経リサーチの世論調査⇔YouGovの世論調査
  • どの政党を「支持」するかを聞く⇔どの政党に「投票」するかを聞く
  • (少なくとも)公表データは単純集計のみ表示⇔過去の投票行動や属性と各種の質問事項のクロス集計を表示
  • 政策領域ごとの定点調査がない⇔政策領域ごとに政府方針の支持/不支持を定期的に調査する
  • 固定電話調査のみで、固定電話を保有しない有権者による調査結果の「調整」は行われていない⇔オンライン調査のみで、インターネットへアクセスのない有権者による「調整」を行う
  • 過去の実際の選挙結果などに基づく統計誤差の調整はしていない⇔過去の実際の選挙結果などに基づき統計誤差を調整

ここまでで、社会にとって「良い」か「悪い」かという価値判断はさておき、日本の代表的な世論調査と、イギリスの代表的な世論調査の質が全く異なることは異論のないところだと思います。また、単純に情報のクオリティという観点からは、イギリスの代表的な世論調査の方がクオリティが「高い」ことも、ほぼ異論がないところだと思います。インターネットか電話か、というところでクオリティに議論の余地はあります。ただこれも、イギリスの他の代表的な世論調査会社は、電話調査を主体にしており、そういった会社の世論調査と日本の世論調査を比べるならば、やはりイギリスの世論調査の方がクオリティが「高い」ということは想像に難くありません。

では、日本型の世論調査とイギリス型の世論調査とどちらの方が、社会にとって「良い」のかということを問い始めると議論にキリがありません。このブログで何回か触れているかと思いますが、社会的な価値は軸がたくさんあるので、そのどれを重視するかによって、どちらをもサポートする論は立てられることでしょう。私は、日本社会でも、イギリス型の世論調査が存在したほうが、日本社会にとっては「良い」と思っていて、そうだと信じている根拠も多少はありますが、そこを議論し始めるとキリがないのでいったん無視します。単純に私はそう「信じている」ということにしておきましょう。実態もそれほど変わらないと思いますし。そして、そう信じているので、イギリス型の世論調査が日本にも普及してほしいと思い、YouGovの話を聞きたいと思いました。

そのような背景で1週間ほど前に、YouGovにメールでインタビューを申し出たところ、なんと、創業メンバーの一人で、Director of Political and Social ResearchのJoe Twyman氏がインタビューに応じてくれることとなりました。なお、YouGovは上場企業でもあり、公平な情報開示を行う義務があるため、聞いた話は基本的には「どこか」で書かれたり、話されたりしている内容です。Twyman氏に許可をいただいて、インタビュー内容をブログに公開することも了解をいただきました。

世論調査会社YouGovとのインタビュー内容

さて実際のインタビュー内容ですが、いくつか守秘義務にあたるということで答えてもらえなかった質問を除くと、大きく分けて3つのことを伺いました。(政治の)世論調査会社という視点から見た現状のビジネスモデル、業務のオペレーション、そして、これまでの地域軸での事業展開です。ちょっと長くなるので、一部、省略しつつメモを下記に貼り付けます。

ビジネスモデル

  • 売上の構成としては、民間企業に比率が圧倒的(95%以上)であり、メディアや政党から得られる世論調査の収入が占める割合はごくわずか
  • 世論調査にかかる限界コストは数人の人件費と、調査の際のパネルのわずかなインセンティブのみ
    • 全く同じ調査を、全く同じ調査手法と集計方法で、単純に頻度だけを増やすのであれば、限界コストはパネルのインセンティブのみ(パネルは1回の調査につき約50ペンスのポイントを受け取る)
    • オンライン調査はシステム化されているので、固定費はもちろんかかるが、調査そのものについての変動費はほぼ発生しない
    • ただし、調査の質問票を変更したり、集計方法を変更したり、分析を追加したりすると、人件費が増える。現在の人件費は管理職であるインタビュイーを除く4人の正社員のみ。(もしかしたらインターンにもいくらかのコストがかかっている可能性あり)
  • それでも、世論調査変動費だけでも赤字の事業であり、ビジネスの視点としては、この事業は会社全体のパブリシティ・広告として行なっている
    • YouGov UKは現在は13.6 millionポンドの売上があるが、創業4年目の2003年にブレーク・イーブンした
    • (筆者注:2005年のannual reportによると、2004年の売上が2 million程度で、売上原価および営業費用が合計で1.3 million程度であることを考えると。恐らく、2003年に売上が1~1.5 million程度で損益分岐点を超えたものと思われる。)
    • この損益分岐点に対して、前述のように非常に限られた売上しか得られないため、この世論調査だけでは採算を取ることはできない
    • 一方で、会社が目に見える形で社会と接点を持つのは、ほぼこういった政治や社会の世論調査のみ
    • YouGovは、イギリスの大手メディアの記事に掲載される年間ヒット数で他社を圧倒しており、ビジネスの視点からは、広告活動の位置づけ

オペレーション

  • 合計6人程度の非常に限られた人員で世論調査事業を行なっている
    • この政治および社会に関する世論調査を担当している人員は、自分を除くと、4名の正規社員と2名のインターンのみ
    • YouGov UK全体では140人以上いることを考えると、このことからも、この事業がYouGovにとって直接的な収益源ではないことが分かる
    • ちなみに、その意味では、こういった仕事に従事している人は、イギリス全体でも50人足らずではないか。
  • 世論調査事業のスタッフは、早い時期から主体的に調査設計をすることが求められることもあり、関連する政治科学などの素養を持っていることが多いが、統計の知識は職務経験を通じて得られる
  • パネルのインセンティブは限られているが、パネルは調査会社の生命線でもあり、その量的・質的な品質管理に腐心している
    • 調査パネルは現在はイギリス国内で約40万人ほどあり、いろんな切り口でのセグメントについて、パネルが全体をよく反映できるよう、日々、ターゲットを絞ってパネルの改善に取り組んでいる
    • 調査パネルは民間セクターの調査でも、世論調査でも、おなじパネルを共有する。一方で、調査の品質管理や、パネルの体験の品質維持のため、他の会社にパネルを提供することはしない。

事業展開

  • イギリスで2000年にYouGovが創業して市場に食い込むことができた背景には、1992年の総選挙における、伝統的な世論調査会社の失敗の影響が大きい。
    • イギリスは特に大きな失敗がない限り、現状が維持される社会であり、それは、世論調査業界についても同じ。1992年の選挙までは、世論調査の手法の改善があまりなされてこなかった
    • この総選挙では、労働党と保守党の支持率が拮抗し、選挙前の世論調査では、いずれの世論調査会社も労働党の勝利を予測していた。ところが実際には、総選挙では保守党が勝利して、当時の世論調査会社の信用が大きく傷ついた。
    • その失態の背景には、「保守党支持でありながら世論調査では正直にそれを答えない」層がかなりいて、保守党の得票数が低く見込まれていたこと。これはShy Tory Factorと呼ばれている
    • こういった「伝統的な」世論調査会社の明らかな失態により、彼らの手法の改善が進むきっかけになると共に、自分たちのようなオンラインベースの世論調査会社が市場に喰い込むことができた
  • 現在、アイルランドで試している市場開拓のプロセスはやや特殊である。アイルランドの場合は人口も非常に少なく、YouGovとしては自ら市場開拓をする予定はなかった。ところが、YouGovに興味を持ってくれた人物が、クライアントは自ら見つけてくるから、YouGovグループとして事業をしたいと言ってきた。YouGovとしては調査手法と調査パネルの管理に高いスタンダードを設けており、これを担保しながら事業を継続できるか、現在、見極めている段階。

◆ ◆ ◆

さて、日本社会にとって、イギリス型の世論調査会社の存在は、「良い」ことでしょうか。仮に良いことだとした場合、YouGovのような会社にとって、日本市場に参入することは魅力的でしょうか。そして、そのためには、何が必要でしょうか。無責任に問いかけで終えたいと思います…。