保守党の公認候補選定はまず能力評価でスクリーニングする

火曜日にしたもう1件のインタビューが、これまた、たまらなく面白いものでした。インタビュー相手は、保守党本部のHead of Candidates、すなわち公認候補選定を担当している部署のヘッドである、Gareth Fox氏です。Fox氏が長を務めるCandidates’ Departmentの担当はMember of Parliament(下院議員)、Member of European Parliament欧州議会議員)、そして新たにできるPolice Commissioner(警察コミッショナー)の候補者選定です。こんな偉い方が1時間以上にわたって詳しく公認候補選定のプロセスとその基準を説明してくれました。日本語で書いても全く伝わりませんが、いちおうここでも書いておくと、心から感謝しております。

まずはディスクレーマーからで恐縮ですが、彼が話してくれた話は公開情報の範囲での話(たとえば、面接での細かい質問事項や評価項目などは守秘義務の範囲内かもしれません)です。保守党のウェブサイトで詳細な解説が掲載されているページを見つけられていないのですが、保守党組織の一部であるConservative Women Organizationのウェブサイトには結構な情報が提供されています。また、私の聞いた話は基本的には2005年にキャメロン氏が党首となってから、2010年の総選挙までの情報です。実際に、公認候補選定のプロセスには変更が計画されており、次回の総選挙までには変わっている可能性があります。

せっかく保守党の公認候補選定の詳しいことが分かったので、本来であれば、日本の政党とじっくりと比較できると面白いと思います。私の知っている範囲でも相当な違いがあります。そういう違いを意識して質問をしていることも事実です。ただ、日本の政党に対する私の中途半端な知識でやってもつまらないので、やっぱり、日本に帰ったら詳しい人と話をできると良いですね…。

公認候補プロセスの概要

保守党の下院議員の公認候補選定のプロセスは大きく分けて二段階あります。プロセスの前半では、党本部主導で候補者の能力competencyを評価してApproved List of Candidatesを作成します。保守党員であることは応募条件の1つではあるものの、この段階ではあくまでもcompetencyを評価しているため、候補者のイデオロギー的な要素が評価に反映されることはありません。

そして、プロセスの後半では、今度は各選挙区のConservative Association(保守党支部)が主導で、そのApproved List of Candidatesの中から実際にその選挙区の公認候補となる人を選定します。この後半のプロセスでは、候補者のcompetencyもさることながら、ボトムアップの意思決定の中で、保守党支部の方々の好みが反映されます。このプロセスを通じて、保守党の中でも右寄りの議員が選ばれる選挙区と、保守党の中でも左寄りの議員が選ばれる選挙区に分かれていきます。

各選挙区がイデオロギー的にどういう選挙区なのかは、前任の議員の発言や議会での投票行動を観察していれば、ある程度は予想がつきます。ただ、当然ながら、イデオロギーで全てが決まるわけではないので、保守党支部の選択として、前任議員が右よりだった選挙区で、今度は左寄りの公認候補が選ばれることもあります。それでは、この2つのプロセスを詳しく見てみましょう。

公認候補選定プロセスの前半(党本部主導のプロセス)

ある人が「保守党選出の下院議員になりたい」と思ったところがこのプロセスの始まりです。その人はまず、私がインタビューしたFox氏に、電話かメールで、立候補の意思があることを伝えます。それを受け、その人が住む地域の保守党支部の人と、インフォーマルな話を始めます。この段階ではまだ、議員になるということはどういうことか、どんな仕事をするのか、どんな選挙活動をするのか、など柔らかい内容を非公式に話している段階です。それを経て、実際に立候補を決意した場合は、保守党本部に応募書類および3人の推薦状を提出します。それを受け、保守党本部側では、推薦状を書いた3人から、レターに加えて電話での聞き取り調査をします。これらの内容を総合して、実際にApproved List of Candidateに登録されるかどうかを決める、Parliamentary Assessment Board (PAB)に、参加するかどうかが決められます。

PABはイギリス国内にケンブリッジマンチェスターの2ヶ所で開催され、それぞれに、トレーニングを受けた5人の診査官assessorがいます。2名は下院もしくは上院の議員、そして、残りの3名は議員ではない保守党のスタッフなどで構成されます。このPABでは、およそ2ヶ月に1度、ある1週間の3日間を用いて、一日に16人を審査します。これが両方のPABで行われるので、年間にするとかなりの数の応募者がいることが分かります。

PABでは5つのエクササイズを通じて、候補者の能力competencyを評価します。この手法は当時Goldsmith Collegeの教授であったProf. Jo Silvester氏(現在はCity University Londonの教授)によって開発された手法で、そのことは彼女の学術的な仕事の一部として公になっています。5つのエクササイズとは、(1) competency based interview、(2) public speaking、(3) group exercise、(4) MP’s inbox-tray exercise、(5) written essayの5つです。3つ目のグループ・エクササイズは、4人の候補者一組でのエクササイズで、これを通じて、他人とのコミュニケーションの取り方、どのようにコンセンサスを形成するか、そういったスキルを評価します。また、4つ目は下院議員になったと想定して、メールボックスにたまっている100通ほどのメールについて、どれから対応するか、その優先順位付けの能力を評価します。非常に現実的な評価ですね。

繰り返しになりますが、ここでは候補者の能力を評価するため、面接やエッセイとはいえども、そのイデオロギー的な色合いは問題とはなりません。あくまでも、議論を構築する能力、それを口頭や文書で伝える能力が評価されます。また、ここでの審査官はブラインド方式で評価を行います。すなわち、候補者の応募資料に書いてある学歴や職歴とは無関係に、それぞれのエクササイズの評価を行うことで、それぞれの評価における客観性を担保しようというものです。

1日かけてこれらのエクササイズが全て終わると、候補者は帰宅し、5人の審査官はそれぞれの評価を話し合い、候補者がApproved List of Candidatesに登録されるかどうかの決定がなされます。決定の種類は4種類です。1. 合格、2. 現時点では不合格だが12ヶ月後にまた戻ってきて下さい、3. 現時点では不合格だが、経験を積めば可能性があるので、次の総選挙の後に戻ってきて下さい、4. 残念ながら保守党の下院議員公認候補には不合格。これらの決定を経て、2〜4の「不合格」のケースについては、インタビュイーのFox氏がそれぞれ、オープンに評価結果をフィードバックをします。

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まだまだ、先の長いプロセスなので、本日はここまででいったん止めておきます。後編「イギリスの国会議員候補は(ほぼ)仕事を辞めない」はこちらです。