2012年、イギリスはEUを離脱するのか

昨年12月のEUサミットにおいて、EUの財政統合に関してキャメロン首相が拒否権を行使以来、イギリス内外で、イギリスのEUにおける影響力の低下や、イギリスのEU離脱が議論されています。Wall Street Journalに掲載されたハーバード大学のNiall Ferguson教授の記事一部の日本語訳)では、保守党内のEU懐疑派に促されて国民投票が実施され、2012年にイギリスはEUを離脱する、とまで予想されています。

キャメロン首相自身、遠まわしにではあるが、その影響力の低下を懸念しているともとれる発言をしています。影響力の低下とは何か。それは、「イギリスがEUに加盟している最大の理由である単一市場」をEU外、すなわち、イギリスの影響力が行使できないEurozoneやイギリスを除くEU参加国で新たな会議体で議論し、イギリスを除いたEU参加国で新たな条約締結をされることです。イギリス以外の国にとっても合理的な経済政策とは思えませんが、複雑な国民感情もありますし、合理性だけでは政策が決まらない可能性はあり、それなりに現実感のある外交カードになるかもしれません。キャメロン首相はそれを防ぐためにできることは何でもすると約束する一方で、同時に、それを法的にストップすることの困難があることを、BBCのインタビューで認めています。

では、実際にはどうなのか。その行方を左右する主な政治的なアクターは、自らの財政危機にまで発展しかねない状況にあるフランス、冒頭の記事に出ていた保守党のEU懐疑派と、連立パートナーである自由民主党でしょう。フランスを巡る状況は私は詳細には把握していませんが、「EU外での単一市場の議論」という交渉カードを持った今、イギリス国内をこのカードを使って揺さぶることは考えられないことではありません。フランスをめぐる状況は、マーケットや国際関係系のブログをご覧いただくとして、それが起きた場合にイギリス国内はどう反応するでしょうか。

保守党の状況

以前のエントリにも書きましたが、昨年10月にイギリス国内でEU加盟についての住民投票をするかしないか、との下院採決において81人の造反議員が生じました。イギリスの政党は伝統的に日本の政党よりも党議拘束などが寛容で、造反議員が生じることは「よくあること」*1なのですが 、81人もの造反議員が生じたことでニュースとなりました。

この背景には、イギリス国内で高まるEUへの疑問があります。実際、この造反劇の直後に行われた世論調査では、実際に住民投票が行われれば、49%の人はEU離脱に投票すると答え、EUを離脱しないと答えた人の40%を大きく上回りました。この国民のEUに対する懐疑心がこのような大きな造反議員を生じた原動力となっています。

そのことを確認するために、もう少し、細かく造反議員を分析してみましょう。まず81人の造反議員のうち、30人ほどは、EU関連の法案で「よく造反する」議員です。今回も造反が彼らだけであれば、ここまでのニュースにはなりませんでした。問題は残る51人がどういう議員か、ということです。仮説的には、彼らの選挙区で特にEU懐疑派の市民が増えており、彼らの次回の選挙を考えると、「造反しても今回は特に何の法律も変わらなさそうだし、ここらで一回、市民に自分のEU懐疑派としての姿勢を示しておいた方が得策だな」という人たちです。

この仮説の検証はあまり簡単ではありません。各選挙区でのEUに対する世論調査を持っていないからです。。。したがって、あくまでも傍証ということになりますが、以下のような方法での検証が考えられます。前回の総選挙で全650選挙区のうち、300選挙区以上に候補者をたてた主な政党は、保守党、労働党自由民主党、英国独立党(UKIP)、英国国民党(BNP)、緑の党の6つです。伝統的にはEU懐疑派の市民は保守党に投票してきたのですが、2000年以降、EUに関してより明確な立場をとる英国独立党(UKIP)および英国国民党(BNP)が候補者を立て始めたことで、有権者の間に選択肢が生まれました。両政党ともイギリス議会には議席を持っておりませんが、(大選挙区制となる)EU議会には議員を有しています。ただし、BNP「人種差別の政党とも言える」と指摘されるほどの極右政党なので、UKIPの方が大きな勢力となっています。このUKIPやBNPの得票率がどう変化しているかを各選挙区で追うことができます。

すると、残る51人のうち38人以上の議員の選挙区において、UKIPとBNPの得票率の合計が5%を超える、もしくは、その2005年から2010年の間にその得票率が2ポイント以上大きくなっていることが分かります。まず、絶対値として5%以上の得票がこの2政党に流れるということは、その地域の保守党への投票者の中にも相当数、「保守党には投票するけどEUには反対」という人がいることが推察されます。また、得票率が2ポイント以上、大きくなっているということは、そのトレンドが次回選挙まで続いた場合、UKIPやBNP議席を奪われることはなくても、次点であった労働党候補者もしくは自由民主党候補者に議席を奪われる可能性が高くなると、推察されます。本来であれば、次点候補者との得票率の差が、たとえば、5ポイント以内の議員に限って、このトレンドを考慮するべきですが、今の手持ちのデータではここはあまりきれいな分析結果となりませんでした。いずれにしても、今回造反した多くの議員が、その選挙区においてUKIPやBNPの強い脅威にさらされている、とは言えそうです。

また、政府の大臣は仮にEU懐疑派であっても、当然ながら、政府の方針に従って投票していました。加えて、Parliamentary Private Secretaryという、正式には政府の役職ではありませんが、政府の方針に従って投票することが求められる役職を持った議員も、基本的には政府の方針に従って投票していました。イギリスにはこのような役職がたくさんあり、保守党306議席のうち、このような大臣もしくはPPSの議員は、115人程度います。この115人程度の中にも、役職のために政府方針に従っているけれども、自分の選挙区はEU懐疑派の脅威が高まっている、という議員はたくさんいます。彼らは出世すればより安定した選挙区に移れる可能性がありますが、選挙区の市民はもちろんそこに留まる、という意味でEU離脱への圧力は残り続けます。その意味で、今回の造反劇に表れなかった潜在的な圧力はここにも存在します。

今回の分析では、2010年の総選挙という、ヨーロッパの財政危機の状況がまだここまで深刻ではなかった、1年半以上も前のデータを使っています。したがって、あまりきれいな分析結果とはなっていません。しかし、このように保守党全体が、個々の議員の選挙区において、足元から「EU離脱」もしくは「EUについての住民投票実施」のプレッシャーを感じていることとと思います。仮にフランスが前述のカードでイギリスに揺さぶりをかけてくる場合、中道を志向してEU加盟そのものは維持しようとするキャメロン首相も、どこまで党内を押さえ込めるか分からなくなるかもしれません。

保守党の連立パートナーである自由民主党の状況

こちらはこちらで非常に難しい立場に立たされています。連立パートナーとしての実績を持って次期選挙に臨むことを狙って連立入りしたものの、連立入りするや保守党との連立合意では数多くの妥協を必要とし、結果的に支持率が急落しました。自由民主とは親EUの立場にあります。キャメロン首相がEUサミットで拒否権を行使した翌日の議会でも、ニック・クレッグ自由民主党党首が、副首相としてのキャメロン首相の隣の席にいなかったことについて、「閣内不一致の表れではないか」と労働党議員は盛んに口撃しました。

私がイギリスに留学することを考えていた時に、イギリス政治の素晴らしい入門書として紹介された「イギリス政治はおもしろい」の著者・菊川氏は、自身のウェブサイトで、「自民党が、今後のための新しい戦略を練っているように見えるそれは端的に言って、適当な時期を見て、連立政権を離れるということだ。(中略)もちろん、今は、その時期ではない。国民の多くは、キャメロンのEU拒否権の行使を支持しているからだ。アッシュダウンは、このような戦略を描いているのではないかと思われる。」とこのような見方を示しています。

イギリス政治はおもしろい (PHP新書)

イギリス政治はおもしろい (PHP新書)

彼らが実際に戦略の転換をしたかどうかは私には分かりませんが、仮にそうだとしても、「今は、その時期ではない」との見方は私も同じです。連立を離脱するということは、政府が不信任されます、政府が不信任された場合、現在の定期国会法(Fixed-Term Perliaments Act 2011)の下では、14日以内に政府を信任しない限り総選挙となります。支持率がかつての半分程度に下がっている今の状況で、クレッグ党首が解散・総選挙を選択することはないと考えるほうが妥当です。

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さて、2012年、イギリスによるEU離脱は本当に起きるのでしょうか。保守党内での圧力が高まっているとはいえ、現実的には、保守党の全議員が賛成しても、住民投票は実施されません。連立パートナーである自由民主党の賛成が必要です。仮に、今年中にキャメロン首相が保守党議員からの力に応じて、住民投票を実施する政府方針に切り替えようとした場合、何が起きるでしょうか。自由民主党としては、これに反対することは連立の離脱を、連立の離脱は自由民主党にとって最悪のタイミングでの選挙を意味します。菊川氏の見方としても「今は、その時期ではない」とあり、私もやや想像しづらい状況です。

仮にイギリスのEU離脱がありうるとしたら、このタイミングで、自由民主党が「住民投票の実施には連立与党として賛成」し、「住民投票の際はEUに留まるキャンペーンを展開」する、という立場を選ぶ場合でしょうか。ただしこの場合も、実際の住民投票までには、時間がかかり(通常は総選挙と同じく5月の第一木曜日)、いざ住民投票になれば冷静な経済的判断も加わると考えられ、EUの離脱に進むかどうかは微妙なところで、私としてはその可能性は低いと思っています。

どのシナリオが現実となるかの鍵を握るのは、困難が見通されている今後のヨーロッパ経済の中での、EUの単一市場に関する議論とイギリス国内における世論の動向でしょう。保守党議員や自由民主党議員が、もちろん、一義的なアクターであることに間違いありませんが、彼らの選挙戦略を動かしているのは、ここに見たように市民の世論です。

追記

イギリスってこんなものまで賭け事にしてしまうんだ・・・と正直驚きますが、大手ブックメーカーのWilliam Hillでは、次の総選挙までにEU条約もしくはEU加盟に関する住民投票が実施されるかどうか、が賭けられています。現在のオッズは、「実施される」が6倍、「実施されない」が1.11倍です。

*1:実際、こちらのウェブサイトをみると、各議員がどれだけ各政党の方向性(party line)とは異なる投票をしているかが分かります。政府・与党の間での立法過程が日本と全く異なることが背景としてあげられます。