労働党との戦い

保守党主流派 (frontbenchers) は、その推進する改革の実行をめぐっていろんな勢力と戦う必要があります。連立パートナーである自民党との戦い、与党内の非主流派の議員(backbenchers)との戦い、改革の対象となる抵抗勢力との戦い、そして、最大野党である労働党との戦い、これが現在の主な「戦場」でしょう。1つ目の自民党との戦いは、もっとも政治的な要素の強い部分であり、基本的には官邸と保守党の中枢で行われます。2つ目の与党議員との戦いは、1922 Committeeと呼ばれる、日本で言えば与党政調と呼ばれるところを中心に行われます(ただし、この1922 Committeeと日本の政調はその性格がかなり異なります)。私が働く保守党の調査部は基本的には、これらを経た政府方針を実現するために、残りの2つの戦いをサポートしています。3つ目の改革の対象となる抵抗勢力との戦いについては、調査部の仕事の例を既にこちらのエントリに書きました。今日は最後の労働党との戦いについての例を書きたいと思います。

推進する改革をめぐる労働党との戦い方にもいろいろありますが、まず1つは、実直に改革の必要性を裏付ける方法が考えられます。今週、実際に私がした仕事の1つは、来週、ある法案の議会審議が予定されており、そのための準備でした。この改革の必要性を主張するために、労働党政権時代や現状の課題を、具体例として集めて答弁に使えるように準備しておくことがその仕事です。そうは言っても、もちろん、今さら一次情報をゼロから集めるわけではありません。私の具体的な仕事としては、課題の指摘がなされている様々なドキュメントから、ある程度の構造化をしつつ具体例を抽出して、一式の答弁にまとめることです。課題が指摘されているペーパーというのは、どの政策を扱うかにもよって変わると思いますが、この仕事については、シンクタンクのレポート、アドボカシー・グループの調査、その改革の対象である事業のプレーヤーのポリシーメモ、そしてそれらを元にした議員の議会での発言や、メディアの報道内容などを調べました。

ちなみに蛇足ながら、こういったものを短時間で処理しなければならない中でよく感じるのは、業界を問わず総じて、Executive Summaryなるものがイギリスの文書のほうが日本の文書よりも、読みやすいということです。「読みやすい」というのは私の主観的な評価ですが、もう少し噛み砕くと、大まかな背景と結論、そこに至る議論の骨格が簡潔・明瞭に示され、なおかつ、それをサポートする鍵となるファクトが、うまく盛り込まれているように感じます。何がこの違いを生んでいるのか、感覚的にしか分かりませんが、アウトプットを出すためのトレーニングをされ続ける、イギリスの高校・大学の教育にも、その一端はあるように感じます(イギリスの高校は経験していないので人の話を聞いただけです)。私が不まじめだっただけかもしれませんが、日本の高校や大学では、知識を教わる機会はたくさんありますが、議論の組み立て方そのものをトレーニングされた記憶が、ほとんどありません。あるのは、高校生と大学生の時に、理科の実験のレポートの書き方の型を教わったくらいのような気がします。文系の授業・科目でもレポートなどはありましたが、基本的には「書く」トレーニングはなく、「書け。以上」、という世界でした。エッセイの書き方などはむしろ、塾で英語の勉強をしている時に教わりました…。もちろん、イギリスの文書も全てが完璧ではなく、たまに非常に読みづらいものもあり、ただでさえ英語だと読むのが遅くなる中で、苦しむことはあります。

さて、話を元に戻して労働党との戦い方ですが、もう1つよく使われる手法が、現在の労働党の中の意見の相違や、過去の労働党と現在の労働党の相違を突く手法です。今週の仕事でこの手法を用いた政策は、もともとは1997年に始まった労働党政権の初期に、労働党が推進した政策でした。大きな方向性としては、当時の労働党の政策も、現在の連立政権の政策も全く変わりません。しかし、非常に細かな手続き論のようなところに、現在の労働党と連立政権には微妙な相違があります。正直なところ、野党だから反論している、という状況だと感じています。したがって、私の仕事としては、現在および過去の様々な労働党関係者の発言から、現在の連立政権をサポートしうるものを探しだして、答弁やプレスリリースで使える形でまとめることです。具体的には、過去の労働党マニフェスト、ブレア政権時代の政府中枢の議員の発言、当時の担当官庁の公表資料、現在の労働党の国会議員の発言、現在の労働党の地方議員の発言などを調べました。「まあ、主張の細かい違いは確かにわかりますが、基本的には同じ方向を目指していますし、あなた方の先輩方も同じ主張をしていたわけですし、今のあなた方の同僚にも同じような考え方の方もいるようですよ…」と言いたいわけですね。

これらの2つの例のいずれも、具体的な政策の中身の説明はもちろん、政府の仕事です。ただ、政府の官僚は特に2番目のような政治的な仕事はしてはいけないルールになっています(官僚の中立性)し、こういった仕事はスピードが命なので、仕組みとしてより柔軟に動ける、政党の調査部がこういう仕事をしています。


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保守党にとっての、労働党との戦いは、例としてあげた「政策をめぐる戦い」だけではありません。当然のこととして、もっと政治的な戦いも存在します。今日は金曜日で調査部全体にややゆとりがあったので、そのうちの1人に日ごろ気になっていた質問をいろいろと聞いていました。その話の中で出た彼のした仕事の1つが、労働党が法律事務所に顧客を紹介してその見返りに多額の紹介料を受け取っていて、それが自動車保険プレミアムの高騰につながっている、という事実を暴いたことでした。なぜか保守党のウェブサイトのプレスリリースがちゃんと更新されていませんが、そのヘッドラインはこちらから見れます。そして、それを扱ったDaily Mirrorの記事はこちらです。これは、スピードが命というわけではありませんが、もう完全に政治的な戦いなので、公務員がこの領域にタッチしたらアウトです。したがって、こういう仕事も政党の調査部の仕事になります。