エド・ミリバンド党首では労働党の政権奪還は難しい

結論から入ると、労働党エド・ミリバンド党首では、次回2015年の選挙で労働党が政権奪還することは非常に厳しく、労働党議員はヨーロッパ経済の状況を見ながら、党首変更のタイミングを探っているのではないかと見ています。このような苦境に陥っている状況は先日のエントリ「反対するだけの野党」にも書きましたが、世論調査会社のYou Govの良い記事があったので、数字で現状を把握しましょう。ここでは、1つの数字を過去の野党の党首と比較しています。それは、「野党第一党の党首としてよくやっていると思うか」という問いに対するYes とNoの差です。すなわち、みんながよくやっていると思えば、数字はプラスに、みんながダメだと思っていれば数字はマイナスになります。

直近の彼の数字はこれがマイナス46です(Yes が20%に対してNoが66%)が、これは昨年12月中旬のマイナス31と比べてもかなり悪化しています。これだけをとってみても、彼がかなりの苦境に立たされていることは明らかです。さらに、これまでの他の野党の党首と比べてみると、その苦しさはより明確になります。野党第一党の党首になって15から16ヶ月目の、過去の保守党党首の数字が以下の通りです。

  • サッチャー氏(保守党党首→首相):マイナス10
  • ヘイグ氏(保守党党首→辞任):マイナス31
  • ダンカン・スミス氏(保守党党首→辞任):マイナス56
  • キャメロン氏(保守党党首→首相):プラス13

世論は当然のことながら変動します。2年目の平均値は以下の通りです。

  • サッチャー氏(保守党党首→首相):マイナス10
  • ヘイグ氏(保守党党首→辞任):マイナス26
  • ダンカン・スミス氏(保守党党首→辞任):マイナス39
  • キャメロン氏(保守党党首→首相):プラス1
  • ミリバンド氏(労働党党首→?):(今のところ)マイナス32

では、過去の労働党の党首との比較ではどうでしょうか。各々の2年目の平均値は以下の通りです。

  • フット氏(労働党党首→辞任):マイナス54
  • キノック氏(労働党党首→辞任):マイナス13
  • スミス氏(労働党党首→党首2年目の終わりに亡くなる):プラス18
  • ブレア氏(労働党党首→首相):プラス39
  • ミリバンド氏(労働党党首→?):(今のところ)マイナス32

この数字が未来を予測する全てではないのは当然のことであり、記事にも書かれているとおりですが、現在のミリバンド党首の苦境を表す数字としては十分でしょう。ただし、この全てが彼の個人的な資質によるものかは微妙なところで、記事においても、"In my view, Miliband is unpopular largely because Labour remains unpopular. Deciding either to keep or change leader is the easy bit: the real challenge is to change the party"「(拙訳)私の個人的な見方では、ミリバンドが不人気なのは、主に労働党が不人気だからだろう。党首を変えるかどうかの決定はたやすい。本当の困難は党を変えることだ」と指摘されています。

そこで、ミリバンド党首は、2010年の秋に党首になって以来、実に6度目のrelaunch(再出発)のためのスピーチを、1月10日(火曜)に行いました。Relaunchというのは、状況が芳しくなくなっている状態で、起死回生を狙ってもう一度「打ち上げる」、具体的には大きな演説などをする、という意味です(日本語でどううまく訳して良いのか分かりません。。。どなたかご存知だったら教えて下さい)。6度目というのは数え方にもよるかもしれません。スピーチについてのBBCの記事と動画はこちらです。また、スクリプトはこちらにあります。焦点はやはり、反対しているだけで対案を出していないと見られていて、労働党内部からの批判が噴出している財政・経済政策についてです。以下はミリバンド党首のスピーチおよび、それに対する反応コメントの抜粋です。

‘economic conditions were far worse that those which had faced the party when it won successive elections in 1997, 2001 and 2005’「(拙訳)労働党が以前の総選挙に勝利した1997年、2001年、2005年の時に比べて、経済の状況は非常に悪い」

‘in order to win the next election - scheduled for 2015 - Labour would be "a different party from the one we were in the past”’「(拙訳)2015年に予定されている次の総選挙に勝利するためには、過去の労働党とは異なる政党になっている必要がある」

‘The ideas which won three elections won't be the ideas which win the election in 2015. So we will be a different party from the one we were in the past’「(拙訳)過去の総選挙に勝利する原動力となったコンセプトでは、2015年の総選挙には勝利することはできない。だからこそ、我々は過去の我々とは異なる政党にならなければならない」

Liberal Democrat deputy leader Simon Hughes said: "Ed Miliband's said almost nothing new at all... This makes absolutely no difference to the doubts about the Miliband leadership”’「(拙訳)自由民主党の副党首であるSimon Hughes氏は以下のように述べた『エド・ミリバンド氏は何一つ新しいことを言っていない…。ミリバンド氏のリーダーシップに対する疑念は何一つ変わっていない。』」

BBCの記事を読む限りは、「変わらなければいけない」とは言いつつも、「どう変わるべきなのか」を示せていない、という状況に変わりはないようです。挙句の果てには、BBCの生放送で自分の名前を、党首選を争った兄のDavid Miliband氏と間違われてしまいます…。日本で言えば、自民党の谷垣総裁のスピーチの際に、総裁選で次点となった河野太郎議員の名前がテロップに表示されるようなものです。それもNHKで…。BBCには全く悪意は無いでしょう。

(出典)

ではなぜ、彼はここまで批判され、存在感がなくなってしまうほど、党首としてのパフォーマンスが低いのでしょうか。彼はオックスフォード大学でPPE (Philosophy, Politics and Economics)の学士号という、日本で言えばかつての東大法学部のような政治のエリートコースを進み、さらには、London School of Economicsという経済学において世界でもっともノーベル賞受賞者を輩出している大学の大学院で、経済学修士を取得しています。私が理解できる程度の、「いや、そうは言ってもお金ないのはどうするんでしょうか」とか、「ここを削減すべきではないというけれど、じゃあ、どこを削減すべきなんでしょうか」などの素朴かつ本質的な疑問が、人々から示されることが想像つかないはずがありません。

本当のところは彼に聞いてみないと分かりませんが、一般的かつ分かりやすい理解としては、彼の権力の存立基盤にあります。要は、誰に支えてもらって党首になり、誰のお金で党を運営しているか、ということです。労働党の最大の支持基盤である労働組合です。

彼が兄と争った党首選において、兄の優勢が伝えられながら、土壇場で逆転した背景には、3大労働組合エド・ミリバンド氏を支持したことがあります。日本とは党首選挙のシステムがかなり違うので、そちらは、日を改めて書きたいと思いますが、労働組合の力が最後の最後で彼を党首に押し上げたことは間違いありません。労働党の伝統的な支持基盤は労働組合であり、今ではイギリスの労働組合参加率が約30%程度(ちなみに、日本は20%程度だったと記憶しています)まで下がっているとはいえ、その投票力はまだまだ健在です。

さらに、労働組合エド・ミリバンド氏を党首選挙で支えただけではなく、現在の労働党の資金源のなんと9割以上を支えています。この9割以上、という数字は、野党であることも影響しているのだとは思いますが、ここ数年の労働党の状況と比較しても、かなり突出した数字です。原因は個人献金の大幅な減額です。組合からの資金は安定しているので、個人献金が壊滅的に減った結果、労働組合への依存度合いが高まりました。

このように、党首の地位も、党の運営資金も、労働組合に支えられて、党首としてのエド・ミリバンド氏は仕事をしています。その労働組合は、組合員のために、年金削減には反対ですし、授業料の値上げにも当然ながら反対ですし、その他もろもろの補助金の削減にも反対ですし、消費税増税などもっての外です。かわりに、バンカーのボーナスに課税しなさいと言います。現実には、イギリスの法人税の(たしか半額程度)は金融業界から来ており、金融業界の競争力を失うような政策は、法人税を大幅に失うことになりかねません。この労働組合に支えられているのが、エド・ミリバンド党首です。

結果的に、党首になるのも、党の運営資金も労働組合に依存している。労働組合に依存しているから、労働組合の意向に反するような、財政再建策を提示できない。信用に足るような財政再建策を示せないから、労働組合以外からの支持が得られず、支持率が伸びない。支持率が伸びないから、個人献金も伸びず、党の運営資金の労働組合依存が高まる。こういう悪循環に陥っているというのが私の見方です。この悪循環を断ち切るには、「労働組合の意向に反して、信用に足る財政再建策を提示する」というギャンブルが考えられます。それがうまくいけば好循環にはいる可能性もありますが、ギャンブルといえばギャンブルです。これまでのエド・ミリバンド氏を見ている限り、私は彼がこうした方針転換をする可能性は低いと考えています。労働党の今の空気としては、選挙にはまだあと3年以上あるし、ヨーロッパ経済の不確実性が非常に高いので、この状況が見えてきてから、フレッシュな顔を立てて選挙に臨みたい、そんな感じではないでしょうか。

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本日のBBC番組Andrew Marr Showで、ミリバンド党首がインタビュー出演しました。しかし、Guardianの記事によれば、彼はやはりこれまでと同じストーリー「もし労働党がいま政権にいたら、我々は現政府のような公共セクターにおける年金改革は実行しない。我々であれば、ここまで大きく、かつ、ここまで速く財政削減はしていない」を繰り返しました。6度目の再出発 (relaunch) はかくして、すぐにも忘れ去られそうです…。

追記
そして、最新のYouGovの調査結果に関するツイートです。