イギリスの地方分権−その誤解と現状

さて、市長選挙の活動についてはブログに書けない、などと言い訳をしているうちに1ヶ月も間が空いてしまいました。。。今日は英国の地方自治について少し書きたいと思います。のっけから人頼みで恐縮ながら、英国の地方自治について、わりと詳しく調べたい方には、自治体国際化協会のレポートがおすすめです。以下に私が書くことのきちんとしたデータもこちらに載っていることと思います。

地方分権について書こうと思った理由は、現在、ロンドン市長選挙の活動をしているから、ということもありますが、それだけではありません。5月3日の選挙日には、ロンドン市長選挙だけではなく、その他のイギリスの12の大都市において、ロンドンと同じように公選市長制を導入するかどうかの住民投票が行われます。背景として、イギリスは日本とは異なり、従来はすべての自治体で、直接公選首長制ではなく、議会のリーダーがその行政権を持っていたことがあります。

そこに、直接公選首長を推進することをマニフェストに謳った労働党が政権入りすると共に、そのための準備が進み、Local Government Act 2000(2000年地方自治法)により、直接公選首長の制度の導入が可能となりました。その際に、ロンドン (Greater London Authority) はその制度を活用する最初の自治体の1つとなり、2000年より現在のようなロンドン市長選挙が行われてきました。ただし、その後も直接公選首長の制度活用はそれほど進まず、現在イングランド全体でも直接公選首長の制度を活用しているのは、16の自治体にとどまっています。

このように直接公選首長はもともとは労働党の、その中でも特に当時首相直轄の政策ユニットに在籍していたAndrew Adonis庶民院議員(現在は貴族院議員)の、看板政策の1つとして推進されましたが、この流れは保守党政権にも引き継がれました。基本的には、制度および民意に強く支えられる直接公選首長が存在する方が、自治体の住民サービスも経済政策も良くなる、という思想でこれが推進されていることと思います。伝統的に都市部では比較的弱いとされる保守党にとっては、政治的な弱体化にもつながりかねない政策ですが、現政権下では保守党のほうがむしろ積極的に推進する姿勢を見せています。実際、やや微妙な違いではありますが、昨年の議会では今年の5月3日の住民投票をめぐって、保守党が「住民投票を行うべき」としていたのに対して、労働党は「住民投票はあくまでも住民からのボトムアップでの署名があってから行うべき」と主張していました。(保守党・労働党の推進は議員について書かれた記事をご紹介します)

ちなみに選挙制度は、日本の公選首長とはやや異なるところもあります。1つは、今回のロンドンでの選挙もそうですが、首長と議会の選挙は同時に行われるため、いわゆる「ねじれ」が生じる可能性は非常に限られています。もう1つは、Supplementary Voteという選挙制度が採用されており、有権者は第一希望と第二希望の候補者を選択します。仮にどの候補者も過半数の第一希望を獲得できない場合に、上位2人の候補者の間で、それ以外の候補者に第一希望票を投じた有権者の第二希望票が振り分けられ、合計得票数が多い候補者が当選となります。

ここまで、わりと「なんとなく」説明してきましたが、上記で説明したことは基本的には英国の中でも特にイングランドの話です。イギリス政府には自治省Department of Communities and Local Governmentsがありますが、その管轄範囲はあくまでイングランドであり、残りのウェールズスコットランド北アイルランドについては管轄外になっています。この管轄外の3地域については、それぞれの議会があり、大幅な権限が移譲されています。ちなみに人口構成は、イングランドが約5,100万人、スコットランドが520万人、ウェールズが300万人、北アイルランドが180万人程度です。

たまに、イギリスはブレア政権の下で大規模な地方分権を実現した、という主旨の文章を日本語でみかけますが、これは日本の文脈とはかなり異なるので注意が必要です。確かにブレア政権では、各地域の議会に、一部の税制の権限も含めて、かなり大きな権限移譲を行いました。しかし、上記の人口構成からも分かる通り、ブレア政権での権限移譲は、日本で議論されているような「自治体の管理スパンを最適化するため」の権限移譲ではありません。むしろその性格は、歴史的に独立問題をかかえる英国において、「イングランドの影響力を弱めるため」もしくは「各地域の自治を認めるため」の権限移譲です。

その結果、ウェールズスコットランド北アイルランドへの権限移譲は進んでいますが、イングランド内で中央政府から地方政府に権限移譲が進んでいるかというと、そういう状況ではありません。そのことは、その財政の仕組みを見ても明らかで、イングランド地方自治体の自主財源比率は19%程度です。これはこの国会図書館の資料を見ても、諸外国と比べて非常に低い水準であり、中央集権体制が強い仕組みだと言えます。また、地方公共団体の「自治」が明確に憲法で規定されている日本に対して、イギリスにはそのような強力な「自治」の根拠も存在しません。そのため、日本の地方自治体の平成の大合併が、あくまで中央政府のアメとムチで主導されたのに対して、サッチャー政権が「中央政府の決定」によりGreater London Council(旧ロンドン市)を廃止する、というように、ここでもイギリスの中央集権の強さが伺えます。

このような「弱い」自治体に対して、直接公選首長の広範な導入と共に、権限移譲を少しずつ行なっているのが、現在のイギリスにおける地方分権の流れだと思います。この点については、最近のエコノミスト誌の記事で、以下のようにやや「もどかしい」トーンで述べられています。

Its [London's] mayor should be a spokesman, heard around Britain, for economic growth and openness to the world. This will not happen until City Hall raises much more of its own money, perhaps via business taxes or VAT, forcing mayors to make tough trade-offs. Playing trains and buses is not enough. London’s mayoralty turns 12 this year. Time to grow up.
(拙訳)ロンドン市長はイギリス中に発信力をもち、経済成長と世界に開かれたロンドンをアピールするスポークスマンであるべきだ。しかし、それはGreater London Authority大ロンドン庁が、場合によっては法人税付加価値税を通じて、自主財源を圧倒的に増やし、ロンドン市長自ら苦しいトレードオフを伴う決断をしなければならない状況にならない限り、実現はしない。電車やバスをいじくっているだけでは十分ではない。ロンドンにも公選首長制度が始まって12年が経つ。そろそろ大人になるべき時だろう。

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さて、今までの話とほぼ関係ありませんし、事実かどうか確認を取っていないのですが、EUの規定により、イギリス人ではなくてもEU加盟国の国民であれば、ロンドン市長に立候補することができるようです。もちろん、逆もまた然りで、イギリス人がパリの市長選挙に立候補することも可能なはず、とのことです。世界一コスモポリタンな首都を抱えるイギリスにとっては、ややアンフェアなEUルールと映ることでしょう。。。(誰か、間違ってたら教えて下さい…。)

追記

ちなみに、現在の法律(Greater London Authority Act 1999)によると、何らかの理由で市長が任期途中で辞職した場合、次の選挙までの期間が6ヶ月以上ある場合には補欠選挙が実施されることになっています。その場合、新しい市長の任期は前任の残りの任期となるため、市長選挙と議会選挙のタイミングはずれないようになっています。